「何も言わずに来てもらえなくなったのはつらかった。寄せられるのが厳しい声だったとしても、気がつけば対応できますから」

「床に荷物を置きたくない」という声が寄せられれば、専用のかごを設置した。試行錯誤を重ね、いま黒川の店舗にあるかごは2代目だ。列に並んでいるときに見られるようにと設置した小型のメニューも、KODOの声がヒントになった。

 店舗やクルーが変わると、業績にも変化が生まれた。

 前出の三春町店オーナー・高橋は15年夏ごろ、売り上げが伸びる休日が増えてきたことに気づいた。普段は目にしない新規の来店客を目にするようになったのもこのころだ。経験則で「回復の兆し」だと確信した。

 本社メニューマネジメント部の若菜重昭(52)も、消費者のある変化を感じていた。批判一辺倒だったマクドナルドに対するネット上の声に、「おいしくなった」という声が交じり始めていた。

●差別化は「楽しさ」で

 現場の視点に立てば、「食の安全」への信頼回復と「おいしさ」は大前提。他社との差別化という意味で重視すべき主戦場は「楽しさ」だ。一人で来店しても、写真に撮って「これ食べたんだよ!」と、友人や家族と話題にして楽しめるものこそが現場が求める「マックらしい」商品。そんな期待を背負って16年1月、満を持して投入されたのが、ポテトにチョコレートをかけた「マックチョコポテト」だ。

 認知率ほぼ100%の塩味のポテトに、甘いチョコレートソース。「誰もが想像できて、違和感を抱く組み合わせ」(若菜)が、ネット上に賛否両論を巻き起こした。「安心安全」を大前提に、「楽しい」マクドナルドをもう一度つくれる。そんな手ごたえを感じたと若菜は言う。

 そして、同年1月25日、その名の通り商品名を消費者から募集する「名前募集バーガー」のキャンペーンが発表されると、予想していた応募総数100万件をたった2日で突破。2週間で500万件もの応募があった。

 ナショナルマーケティング部の河野辺孝則(54)は、

「山を二つ、つくったんです」

 と明かす。一つ目の山は名前募集の発表。名前を付けるためには、目で見て、食べてみなければならない。ここで人々は店舗に来る、と踏んだ。二つ目の山は決定した名前の発表。再び話題になり、最初の山と同様に店舗に足が向く──。

 黒川率いる環七豊玉店でも早速、クルーと顧客の間でチョコポテトや名前募集バーガーが話題になっていた。顧客との間で話題になるだけでなく、クルー自身も新商品やキャンペーンを楽しんでいたという。

 店内には子どもが座っていて当たり前。そう思っていた。それが当たり前ではないと気づくには、大きすぎる代償を支払ってしまった。黒川のこの言葉は、どん底を見た人に共通の実感だろう。

「『いらっしゃいませ』という言葉の重みが変わりました」
(文中敬称略)

(編集部・市岡ひかり

AERA 2017年7月3日号