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共謀罪で司法は歯止めにならない 元高裁判事が語る

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作田裕史AERA#安倍政権

「共謀罪」法案の審議入りで衆院本会議に臨む安倍晋三首相と、金田勝年法相(左)。金田氏はかつて大病したこともあり、政府与党内に大臣答弁への不安が広がっている (c)朝日新聞社

「共謀罪」法案の審議入りで衆院本会議に臨む安倍晋三首相と、金田勝年法相(左)。金田氏はかつて大病したこともあり、政府与党内に大臣答弁への不安が広がっている (c)朝日新聞社

木谷明(きたに・あきら)さん(79)/元東京高裁判事、弁護士/30件以上の無罪判決を出し、全て無罪確定となった伝説的な裁判官(撮影/植田真紗美)

木谷明(きたに・あきら)さん(79)/元東京高裁判事、弁護士/30件以上の無罪判決を出し、全て無罪確定となった伝説的な裁判官(撮影/植田真紗美)

 治安維持法の時代と全く同じとは言わないが、裁判所の体質はいつの時代も権力寄りになりやすい。裁判官にとって、権力に逆らった判決を書くのは労力と決断を要することです。私は裁判官時代に30件を超える無罪判決を書きましたが、一生に一度も無罪判決を出さない裁判官だっています。権力側にたてついたために、不利な処遇を受けたとみられる例も決して少なくありません。そういう人事も目の当たりにする多くの裁判官は、当局の意向を「忖度」して、「事なかれ主義」に陥っていくのです。

 捜査機関が容疑者の関係先を捜索したり、逮捕・拘束したりする場合は、裁判所に証拠を提示して令状を取得する必要がある。この「令状主義」により、捜査権の乱用を抑止できると見る向きもある。金田法相も国会答弁で、「捜索、差し押さえとか逮捕といった強制捜査は、裁判官の令状審査が必要となるため、裁判官が法令に従って『合意』の有無を適切に判断することになる」と述べているが、裁判所は歯止めになるのか。元裁判官の立場から、木谷氏はこれに疑義を唱える。

●事なかれ主義の裁判官

 これが最大の「まやかし」です。逮捕状、捜索差し押さえ令状は、捜査官が提出する一方的な資料に基づいて、発布の適否を判断します。しかし、捜査官から提出された資料が真実かどうかを裁判官が判断するすべはない。「資料が足りない」と指摘すると補充してきますが、それで疎明(裁判官が事件の存否について、一応確からしいという心証を得た状態)できれば、裁判官は令状を発付せざるを得ません。この段階で歯止めをかけるのは非常に難しい。

 これは、裁判官の心理を考えるとより理解できます。捜査官は重大な犯罪が実行されそうだという資料を持ってくる。それに対して、その情報を虚偽と疑うべき証拠はない。裁判官が「逮捕、勾留や捜索、差し押さえまでする必要があるのか」と思ったとしても、もしその計画が実行されて重大犯罪が起きたらどうなるかとも当然考えます。裁判官も1人の人間として「事件が起こって社会からバッシングを受けるくらいなら、捜査機関の意向に従って令状を出しておこう」という判断になりやすいのです。


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