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廃炉のタブーが現実味 福島第一原発事故から6年、原発ルポ

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by 服部尚 (更新 )

福島第一原発の1号機(左)と2号機(右)の原子炉建屋。事故後、1号機の原子炉建屋はいったんカバーがかけられたが、廃炉作業に向けて昨秋に外された (c)朝日新聞社

福島第一原発の1号機(左)と2号機(右)の原子炉建屋。事故後、1号機の原子炉建屋はいったんカバーがかけられたが、廃炉作業に向けて昨秋に外された (c)朝日新聞社

日本原子力研究開発機構が廃炉の技術開発に向けて福島県楢葉町に技術開発センターを整備。事故用ロボットなども置かれている (c)朝日新聞社

日本原子力研究開発機構が廃炉の技術開発に向けて福島県楢葉町に技術開発センターを整備。事故用ロボットなども置かれている (c)朝日新聞社

 原発事故から6年。溶けた燃料取り出しは困難を極め、汚染水もたまり続ける。廃炉作業における石棺化や汚染水の海洋放出などタブーへの直視が迫られている。

 晴れ間が広がった2月上旬の月曜日。日本記者クラブの取材団に参加し、東電福島第一原発の構内に入った。いくつものチェックゲートを通過すると、1~4号機の原子炉建屋を一望できる高台にバスで案内された。

「建物の中には放射性物質が充満しています」

 東電担当者が指さした先には、水素爆発で原子炉建屋上部が吹き飛んだ1号機が間近に見えた。1号機の原子炉建屋の最上階では鉄骨があめ細工のように折れ曲がり、事故当時の無残な姿をさらしていた。目線を南側にある3号機に移すと、分厚いコンクリートの壁がぼろぼろに崩れ、鉄筋がむき出しになった原子炉建屋が見えた。

 その間にある2号機の原子炉建屋。炉心溶融は起こしたが、爆発をまぬがれ、事故前の姿をかろうじてとどめていた。

 この2号機での廃炉に向けた作業が最近注目を浴びた。1月末、遠隔操作によるカメラで調査したところ、2号機の原子炉圧力容器の下にある足場で、溶けた核燃料(デブリ)のような黒い塊が確認されたからだ。

 溶けた燃料は、周辺機器のさまざまな金属などと混じりながら、圧力容器の下に流れ落ち、格納容器の底に落ちていると見られる。専門家によっては、飛び散って周辺にこびりついているのかもしれないという見方もある。

●過去最大の放射線量

 2月9日の調査では、格納容器内のカメラの画像を解析し、最大で毎時650シーベルトという推定放射線量を記録した。16日には前後に2台のカメラを設置した調査ロボット「サソリ」が格納容器内に投入されたが、堆積物に阻まれ途中で動けなくなった。この時に毎時210シーベルトという実測値では過去最大となる放射線量を記録した。

 1999年に茨城県東海村で起こった民間ウラン加工施設「JCO」の臨界事故では、亡くなった2人の推定被曝(ひばく)線量は16~20シーベルトと6~10シーベルトだった。このレベルをはるかに超える線量だ。デブリ近傍では数千シーベルトに達するとの見方もある。


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