「グローバル」と呼ぶが、実質は「無国籍的個人主義」に他ならない。この競争の勝者たちは、自分たちは才能と努力によってその地位に達し、財産を築いたと考えている。だから、努力せず、才能に乏しいものが彼らの納めた税金の「フリーライダー」となることを忌み嫌う。それはアンフェアだと彼らは言う。「社会的弱者はどうあるべきか」についての彼らの要求はストレートだ。人権の尊重を求めず、資源配分に口出しせず、医療や教育の経費は自己負担し、劣悪な雇用条件に耐え、上位者の頤使に従い、一旦緩急あれば義勇公に奉じることを厭わないような「英語が話せる」人間、それがグローバル時代の「弱い日本人」のあるべき姿である。

 国民国家の成員には受け入れがたい要求だが、それをのみ込ませる秘策がある。愛国主義である。わが国は隣国と準・戦争状態にある。敵の「第五列」たちはわが国力を弱め、企業の国際競争力を殺ぐために「人権保護」や「福祉の充実」や「反原発・反基地」運動を進めている。この「内通者」たちを排除せよというのがメディアやネットに行き交う愛国主義の実相である。そういうイデオロギーを文科省が公式に支援している。情けない国になったものだ。

AERA 2017年2月27日号

著者プロフィールを見る
内田樹

内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

内田樹の記事一覧はこちら