人のために泣ける人。人の痛みがわかる人。人に共感できる人。これが、人が人であることの本質だ。経済学の生みの親であるアダム・スミス先生は、このように認識していた。

 この認識に立って考えれば、日本古来の鬼さんたちこそ、最も人間的な存在だったのかもしれない。

「再びアメリカを偉大にする」。そうトラ鬼さんは言ってきた。偉大だとは、どういうことか。偉大さは、やはり、優しさに通じなければいけないだろう。偉大な人にはゆとりがある。ゆとりがある人々は、他の人々に対して優しい。優しい人は、他の人々のために泣ける。

 思えば涙にも色々ある。激痛がもたらす涙もある。歯ぎしりしながら流す悔し涙もある。これは、トラ鬼さんにも経験があるかもしれない。「鬼の目にも涙」の意味を辞書で引けば、「無慈悲な人にも、時には慈悲の心が生きるのたとえ」とある。

 トラ鬼さんの場合はどうだろう。これから、大統領職という重責を担っていくことになる。その中で、この鬼の目からさえ、もらい泣きの涙が流れる。そんな日が来るといい。だがどうか。(浜矩子)

AERA 2017年1月30日号

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浜矩子

浜矩子

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

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