自分に、子どもに重大な遺伝性疾患があるかもしれない。その可能性が分かる技術はすごいが、人の心はそんな進歩に追いついているのだろうか。
2013年、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーが遺伝子検査(正確には遺伝学的検査)の結果をもとに、乳がんになる前に乳房を切除したとして話題になった。同じ年には、母親の血液から胎児の染色体異常の疑いを高い精度で見つけることができる血液検査、いわゆる新型出生前検査が臨床研究として、国内の一部の医療機関で受けられるようになった。
これら遺伝学的検査や出生前検査の技術が向上する一方、その結果をどう受け止めるべきなのか、患者の心のケアへの理解は遅れている。解決策として最近、聞かれるようになったのが「遺伝カウンセリング」だが、そもそも遺伝カウンセリングとは何だろうか。
●あくまでサポート役
「遺伝カウンセリングでは、検査の方法や手順を説明するだけでなく、遺伝とは何か、なぜ病気になるのか、そもそもなぜ検査を受けたいと思うのか。そして、検査を受けた後の選択肢、受けなかった場合の選択肢には何があるのか。そのようなお話をしながら、相談者が意思決定する過程をサポートします」
こう話すのは、聖路加国際病院の遺伝診療部部長で女性総合診療部医長も務める山中美智子さん。聖路加国際病院で遺伝カウンセリングを受ける相談者は、遺伝性のがんが疑われる人、高齢出産などで胎児の先天性疾患を気にかける人が多い。ここ10年間で遺伝カウンセリングの件数はほぼ右肩上がりだ。
遺伝カウンセリングは、いわゆるインフォームド・コンセントではない。インフォームド・コンセントは、医師が治療法などを説明して患者が同意することだが、遺伝カウンセリングは相談を通して本人が意思を決めることが大切にされる。検査を受けようか悩んでいる人が遺伝カウンセリングを受けて、検査しないと決断する場合もある。
「私たちが、検査を受けるべき、受けるべきでないと判断することはありません。相談者が抱えるさまざまな不安、疑問を整理するのです」(山中さん)
実際の遺伝カウンセリングについて、遺伝性がんと出生前検査の二つに分けて紹介しよう。
遺伝性のがんのうち、聖路加国際病院で多いのは乳がんと卵巣がんだ。これらのがんの5~10%は遺伝的な要因が強いとされている。その中でも多くの割合を占めるのが遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)だ。HBOCは、BRCA1またはBRCA2という遺伝子の変化(変異)が原因で発症する。