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ニッポン柔道を「国際化」に対応させた改革者とは

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編集部・深澤友紀AERA#リオ五輪#東京五輪
厳しく指導する一方、選手に合った指導を模索(※イメージ)

厳しく指導する一方、選手に合った指導を模索(※イメージ)

 2012年ロンドン五輪。ニッポン男子柔道界はこの大会で、史上初めて「金メダルなし」という屈辱を味わった。

 再建は、監督に就任した井上康生(38)に託された。

 00年シドニー五輪で、オール一本勝ちで金メダルをもぎ取った国民的ヒーロー。08年に引退した後は、日本オリンピック委員会のスポーツ指導者海外研修員制度で英国に留学。指導者の道を歩み始めた。

 柔道は国際化が進んでいる。それを示すかのように、リオでは過去最多の26カ国がメダルを獲得した。井上はあらゆる改革に着手。

 国際化に対応するため、強化合宿に世界各地の伝統的格闘技の選手を招いたこともある。服装や生活面を厳しく指導する一方、選手に合った指導を模索し、長所を伸ばしていった。


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