井上さんに話を戻そう。最初の異変は、8月8日に起きた。井上さんは週に何度かマンションに足を運ぶ。そこにアジア人男性2人が現れ、オートロックの鍵を開けて2階の部屋へ入っていった。2週間前、大手金融グループ「HSBC」の従業員だという中国人X氏が、「自分が営む貿易会社の駐在員の寮にする」と説明して借り上げた5室の一つ。入居者5人分の身分証明書も預かったが、2人が含まれるかはわからない。

「ドゥーユーノウ、X?」

 決して得意ではない英語で、おずおず声をかける。返ってきた言葉は理解できた。「アブソリュートリー・ノー(まったく知らないよ)」。部屋の鍵を「ミスター・ブライトン」から受け取ったことも聞き取れたが、どこの誰だかわからない。彼らは3泊ほどで出ていった。

 その後も外国人は続々とやってきた。会うたびに声をかけ、少しずつ情報を引き出す。ネットでブライトンにカネを払い、郵便ポストの暗証番号を教わって鍵を取り出し、何泊かして帰る。そんな仕組みがおぼろげながら見えてきた。さらにその中でこんなエピソードも出てきた。

「住民の女性からは『赤い鬼が出た』と言われた。聞けば、夜中にドンドンと戸をたたかれ、のぞき穴から見ると、酔って真っ赤になった白人男性がいたと。放っておけば他の住民まで逃げ出しかねないと思いました」

 転機は9月15日に訪れた。泊まりに来た中国人が、手にした紙を見せてくれた。マンションの住所や部屋番号とともに、2人で1泊約1万2千円を払って予約したことが記されている。そこで初めて「Airbnb」の文字を見つけた。ネットで検索して調べ、ようやく全容をつかむに至った。

「その紙とともに、転貸禁止の契約に違反するから退去してくれと不動産会社経由で要求した。相手は『スタッフが勝手にやった。二度とやらない』などと釈明したが、その後も状況は変わらず、明け渡されるまで何度か警告を繰り返した」

AERA 2015年11月30日号より抜粋