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がん患った日テレ記者 闘病で得た「キャンサーギフト」

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日本テレビ 報道局社会部記者鈴木美穂さん(31)2008年5月、右乳房の乳がんが発覚。ステージIII。会社の疾病休暇制度を利用して09年1月まで休職。右乳房全摘手術、抗がん剤治療、放射線治療、ホルモン治療、分子標的薬とフルコースの治療を受けた。厚生労働省担当記者として取材する傍ら、若年性がん患者団体「STAND UP!!」副代表、NPO法人マギーズ東京共同代表理事も務める(撮影/篠塚ようこ)

日本テレビ 報道局社会部記者
鈴木美穂
さん(31)
2008年5月、右乳房の乳がんが発覚。ステージIII。会社の疾病休暇制度を利用して09年1月まで休職。右乳房全摘手術、抗がん剤治療、放射線治療、ホルモン治療、分子標的薬とフルコースの治療を受けた。厚生労働省担当記者として取材する傍ら、若年性がん患者団体「STAND UP!!」副代表、NPO法人マギーズ東京共同代表理事も務める(撮影/篠塚ようこ)

 見舞いに来る同僚や上司に何度も訴えた。自宅療養中、外出はつらかったが、電車に乗り、会社まで行く練習もした。

 その甲斐もあって09年1月、元の社会部記者に復帰した。失われた8カ月間を取り戻すため必死だった。取材や張り込みに、率先して出掛けた。14年には、希望していた厚生労働省の担当になった。

 一方で、若いがん患者のためのフリーペーパーを発行。ヨガや料理のワークショップも開いた。14年には、イギリス発祥のがん相談支援所「マギーズセンター」を東京にもつくろうとクラウドファンディングで2200万円を集めた。NPO法人を立ち上げ、設立準備にあたる。

 キャンサーギフト。がんになったからこそ得られた経験があると、鈴木さんは実感している。

「がんは私にとって“鬼コーチ”のようなもの。いいことも、大変なことも教わりました。もしがんにならなかったら、自分のテーマがないまま記者をしていたかもしれません。生死に関する情報を伝えたいと明確に思えたのは、がんのおかげです」

AERA 2015年9月7日号より抜粋


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