北斎のもとに帰った応為は再婚せず、父とともに暮らし、画業の手伝いをすることになる。着物の柄など繊細な描写をする応為だが、性格は男っぽく、任侠風を好み、清貧を良しとして、衣食の貧しさは気にしなかったという。

 ここで応為の代表作「吉原格子先之図」を見てみよう。夜の訪れとともに、灯りがともされた吉原の見世先。店内は明るく、遊女たちが並び、男たちが覗きこんでいる。遊女たちの着物の緻密さ、光源と陰影がリアルに描かれ、まるで西洋画を見るようなモダンな印象だ。

 鎖国していたとはいえ、絵師たちは西洋版画を通して、遠近法など西洋的な技法を学習するようになっていた。たとえば歌川国芳の風景画や歌川国貞の美人画などにも、陰影を描く西洋版画の影響が見られる。

 だが応為の作品の陰影は、他の絵師たちが描く整理された明暗とは一味ちがう。光と影は写実的でありながら、揺れるように繊細に描かれる。また居並ぶ遊女たちの顔は、右端の1人を除くと巧みに格子の陰に隠れていてよく見えない。描き込まれたディテールに反して、何かが隠されているような不思議な魅力があるのだ。

AERA  2014年2月17日号より抜粋