ジャーナリスト堀潤さん(36)あらゆる現場で情報公開の徹底が大切。私生活では、ふかふかの布団に寝て、朝、妻が作ってくれたご飯を食べる瞬間が幸せ、と笑う(撮影/写真部・植田真紗美)
ジャーナリスト
堀潤さん(36)

あらゆる現場で情報公開の徹底が大切。私生活では、ふかふかの布団に寝て、朝、妻が作ってくれたご飯を食べる瞬間が幸せ、と笑う(撮影/写真部・植田真紗美)

 2020年、東京は二度目の五輪開催を迎える。しかし、前回の1964年の開催時に比べて、社会は大きく変化している。これに伴うように、働く人々の価値観も変化している。

 失われた20年の間、社会に出た20代、30代は成長なき時代を生き抜く術を模索してきた。組織よりも個人の価値観を大事にし、国に頼らず自分たちでできることは自分たちで、と閉塞感に風穴を開けてきた。

 元NHKアナウンサーでジャーナリストの堀潤さん(36)がNHKに入局した01年、見上げた空はグレーだった。雇用格差やグローバリゼーションによる貧困の拡大など、山積する問題に、公共放送を通じてなんとか取り組みたいと考えていた。

 だが、NHKという組織はあまりに大きすぎた。現場にこだわってこれまでにない手法で発信しようにも、なかなか組織全体のコンセンサスを得ることができなかった。退職の大きな契機は、東日本大震災で起きた原発事故の報道の仕方をめぐり、上層部と衝突を繰り返すようになったことだ。

 12年3月、当時、自身が発信の場として使っていたNHK公式アカウントのツイッターが、上層部からの命令によって閉鎖に追い込まれた。理由は、「国会議員からのクレームがきたから」。権力をチェックすべき報道機関としてあるまじきものだった。ここでは、スピード感を持って多角的に問題を検証、解決することはできないと感じ、今年4月、退局した。

 現在は、ジャーナリストとしての活動とともに、月に1回程度、草の根的にワークショップを開き、市民、メディア、ネット企業が出会える場を作っている。誰かとつながり、可能性の実現に向かってみんなが顔を上げている光景を見ることが幸せだ。

「僕がやろうとしている試みは2、3年で完成するものではない。これからも挫折や失敗はあるでしょう。でも、一緒にやりましょうと言ってくれる仲間が僕の周りにはたくさんいる。一人じゃなく、皆で頑張ればいいんだと勇気づけられています」

AERA 2013年11月11日号より抜粋