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踏切「救出死」で英雄視とバッシング 遺族が語る現実

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事故現場となった横浜市の踏切。警報音が鳴る中、村田さんは男性の救助に向かった。電車が来るまでわずか7秒だった (c)朝日新聞社 

事故現場となった横浜市の踏切。警報音が鳴る中、村田さんは男性の救助に向かった。電車が来るまでわずか7秒だった (c)朝日新聞社 

 自らの危険を顧みず、他人の命を救う。その尊い行為の代償はあまりに大きい。それに報いるために私たちが考えるべきことは――。

 10月7日、会社員の村田奈津恵さん(享年40)の葬儀が行われた。村田さんは1日、横浜市の線路上に倒れていた無職の男性(74)を助けようと、下りていた遮断機をくぐった。華奢な体で、必死に男性を線路上から動かした。そして、自分も逃げ出そうとした瞬間、2人は電車に接触。男性は骨折などの重傷を負ったものの、命に別条はなかった。

 しかし、村田さんは即死だった。自ら犠牲となり、他人の命を救った勇気ある行動に対し、事故直後から称賛の声が多く寄せられている。村田さんの両親は告別式後、次のようなコメントを出した。

〈奈津恵は自分の心に正直に、信念をもって行ったことですので、私共も奈津恵を見習って、しっかり生きて行こうと考えております〉

 踏切や駅ホームで他人を救出しようとして命を落とす事故は、過去にも幾度となく繰り返されてきた。

 2001年1月には、東京のJR新大久保駅でホームから転落した男性を救助しようと、カメラマン関根史郎さん(47)と韓国人男性(26)が飛び降りたが、3人とも亡くなる痛ましい事件が起きた。関根さんらの勇敢な行動は、美談として連日大きく報道され映画化もされた。新大久保駅には顕彰碑も建てられた。関根さんの姉が、当時を振り返る。

「母のところには、早朝から深夜までマスコミの人が押しかけてきたので、母も私も悲しむ暇さえありませんでした。思い切り泣くこともままならなかったので、つらい思いが今でも胸の中でくすぶっています。中には見舞金をお持ちくださる方もいましたが、それは、本当の意味での慰めにはなりませんでした。母は『もう高齢だし使うこともないので』と、そのすべてを寄付しました。見知らぬ方からの手紙が、心に響いたことをよく覚えています。弟は英雄視されましたが、そうではありません。弟なら、困っている人がいたらそうするに違いない、当たり前のことをしただけなのです」

 一方で、転落した男性の遺族に対しては誹謗中傷が相次いだという。

「ご遺族には『人殺し!』という電話がかかるなど、嫌がらせが続いたとうかがいました。私たちには十分な謝罪がありましたし、こちらも恨むようなことは一切ありません。しかも、弟は突き落とされたのではなく、自分の意思でホームから降りたのですから。ご家族を失った上に、そんな嫌がらせを受けるなんて、と胸が痛みました。私の弟を必要以上に誉めそやす一方で、そんな攻撃がされる。その両方とも必要なかったと思います。今回の事故でも、助かった本人やその家族がバッシングの標的にされないように願います」(関根さんの姉)

AERA 2013年10月21日号


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