劇団のメンバーと
劇団のメンバーと

 出番待ちの間、台本に目を通していたカーンさんに聞くと、「三越劇場なんて大舞台だから“瓢箪から駒”だよね。最初は驚いたけど、何事も挑戦だしさ。今は無職で時間があるから、『ぜひお願いします』って二つ返事でお受けしました」。

 公演は芝居と歌謡ショーの2部構成。カーンさんは歌謡ショーにも出る。

プロレスラー時代から親しくさせていただいた立川談志師匠の紹介で、三橋美智也さんの弟子になってたからね。05年には『ふるさと真っ赤か』って曲で歌手デビューしてるんですよ。今回は3年前にリリースした『カンちゃんの人情酒場』を披露します」

 立ち稽古の後は、清水さんとろうあの人たちが歌う「上を向いて歩こう」のコーラス練習に参加。「初めての経験」と戸惑いながら手話の振り付けに取り組むなど、かつての悪役レスラーからは想像できない姿があった。

稽古に励むキラー・カーンさん
稽古に励むキラー・カーンさん

 そんなカーンさんだが、ここ3年ほどは不運続きだった。

「新型コロナのせいで店にお客が来なくなって、いきなり売り上げが4分の1に激減してさ。それでも時短しながら細々と営業してたんだけど、20年12月に俺が乗ってた自転車と歩行者との接触事故で書類送検。その影響もあって21年5月に店を閉めました。22年3月にはS状結腸がんがわかって緊急手術。その4カ月後、今度は足の付け根に大動脈瘤が見つかって、これまた緊急手術。心身ともに痛めつけられました」

 接触事故はスポーツ新聞やワイドショーにも取りあげられた。その後、嫌疑不十分で不起訴処分になったが、度重なる嫌がらせの電話や暴言に苦しめられた。

「『ひき逃げハゲ』とか『悪人』とかね。街を歩いてると見知らぬ人から罵られ、外出するのが怖くなったこともありました」

 閉店を決断したものの、「いっそのこと死んじゃおうか」と思ったほど悩み、睡眠薬を購入したり、自宅マンションの窓から道路を見下ろしりしたのは、2度や3度ではなかったという。

 そんなある日、レスラーになる前の大相撲時代に所属した春日野部屋の兄弟子、元関脇・栃東知頼さん(78)から電話があった。

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