ラエ・リンの話すことは意味不明になっていたが、それでも、科学者であった時常に口にしていた言葉「何か自分が助けられることはないだろうか」は、最後まで残った。

「お別れの会」は、1月8日、サンフランシスコ湾をのぞむ「FIREHOUSE」というかつての消防署を改造したメモリアルホールで行われた。多くの友人や科学者が集まったが、リサは、友人としてこんな弔辞を読んでいる。

「ラエ・リンが開発に参加したアルツハイマー病治療薬のアプローチは、一昨日、FDAが承認した新薬のそもそもの出発点でした。なんとほろ苦い(bittersweet)真実であることでしょう」

 夫のレジス・ケリーは私へのメールにこう書いている。

「彼女の言葉が意味をなさなくなっても。自分で食事をとることができなくなっても。最後まで彼女はやさしく、美しかった」

 多くの研究者の希望、思いを礎に「アルツハイマー征服」への登頂は続く。

下山 進(しもやま・すすむ)/ ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディアに関する作品を発表する一方、2000年代からアルツハイマー病の治療薬の開発について取材を進め、昨年『アルツハイマー征服』として上梓した。

週刊朝日  2023年1月27日号

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。元上智大新聞学科非常勤講師。

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