最高投与量を1ミリグラムにしてしまったのは、脳の浮腫をともなう副作用(それはARIA=アリアと名づけられる)を初めて経験し、それに対する恐れがあったため、とこの治験にかかわった複数の研究者が私に証言している。そしてアルツハイマー病ではない患者が紛れ込んでしまったのは、当時はアミロイドβの脳内の量を測るアミロイドPETの機械が普及しておらず、認知の面で、軽症、中等度と認められれば治験に組み入れてしまったからだ。

 その後、ARIAが制御可能な副作用ということがわかると、バイオジェンはアデュカヌマブのフェーズ2で、最高投与量を10ミリグラムとする治験を行い、認知機能の面で初めて有意に進行を遅らせる結果をえた。

 それでは、なぜフェーズ3が物議を呼ぶ結果になったのだろうか? これは、治験の設計がフェーズ3でも、プラセボ、3~6ミリグラム、10ミリグラムの被験者群に分けた後、遺伝子の型によってさらに細分化するという複雑な設計になったためだと私は考えている。しかも途中で無益性解析を行い治験を中断している。このような経緯をたどったために、その数字を「あとづけで」解釈しても、そもそもの被験者数が少ないので説得力がない。

 ところが、今週結果のでる「レカネマブ」のフェーズ3は違うのだ。10ミリグラム隔週投与群とプラセボ群が一対一という極めてシンプルな構造になっている。アミロイドPETで確かにアミロイドβが蓄積し、アルツハイマー病と診断される1795人の患者が、半分は実薬、半分は偽薬を投与され、認知の面での効果を比べる。どの患者に実薬が与えられたかは、第三者機関によるコードブレイクの時までわからない。

 もともと、アルツハイマー病の研究は、その一族に生まれれば、半数が必ず若年で発症する遺伝性のアルツハイマー病の解明から始まった。

 世界中に散らばる遺伝性アルツハイマー病の家系の遺伝子のどこに突然変異があるのかがわかったのが90年代後半、そしてこの突然変異は、アミロイドβの産出を増やす突然変異だったのだ。アミロイドβは、ドイツの医学者アロイス・アルツハイマーが今から116年前にこの病気を発見した時から見られた特徴のひとつ、老人斑(アミロイド斑)を作る物質だ。

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