ラース・ランフェルト。90年代、北極圏の街ウメオの医者から手紙をもらい遺伝性アルツハイマー病の家系に出会う。その突然変異をヒントにした抗体を治療用に開発するためにバイオアークティック社を2003年に設立。エーザイとの共同開発の契約を2007年に結んだ。筆者とのインタビューに答えている。
ラース・ランフェルト。90年代、北極圏の街ウメオの医者から手紙をもらい遺伝性アルツハイマー病の家系に出会う。その突然変異をヒントにした抗体を治療用に開発するためにバイオアークティック社を2003年に設立。エーザイとの共同開発の契約を2007年に結んだ。筆者とのインタビューに答えている。

 アルツハイマー病の治療・研究にとっての「運命の日」が迫っている。

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 日本の製薬会社エーザイは、今週中に、アルツハイマー病の新薬「レカネマブ」の治験第三相(フェーズ3)の結果を発表する。

 なぜ、「運命の日」なのかと言うと、90年代後半から、積み上げてきたアミロイドβを標的とした創薬の方法が、正しいのか否かの決着がこの日つくからだ。

 アルツハイマー病の新薬というと、アメリカの製薬会社バイオジェンが開発していた「アデュカヌマブ」の昨年の騒動があるために、まずは眉に唾をつける人が多い。

「レカネマブ」は、「アデュカヌマブ」と同じアミロイドβを標的にした抗体薬だ。そのことから、今度も駄目だろう、と考える人は多いし、メディアの多くはそうだ。

 私は2002年から足かけ20年にわたって、アルツハイマー病の治療法の解明について取材をして昨年『アルツハイマー征服』という本も書いている。なので、違う考え方をしている。

 たとえば、昨年6月FDA(米食品医薬品局)がアデュカヌマブを条件付ながら承認した時、言われた批判のひとつに、「これまでアミロイドβ抗体薬の治験はすべて失敗に終わってきた」というのがあった。

 たしかに最初の抗体薬である「バピネツマブ」は、被験者数を2452人にまで増やした治験第三相でも臨床効果は、認知機能の面でも、身体的な面でもまったくなかった。

 新聞社やテレビ局の科学部の記者は、2、3年で持ち場がかわっていくので、ずっとこの問題を見続けている人はいない。だから、そうした批判が特に医者から起こると、報道のなかでその話を必ずいれるようになる。

 しかし、この批判は、実はひとつひとつの治験の中身を見ていない。

「バピネツマブ」の治験で効果が出なかったのは、最高投与量が、体重1キロあたり1ミリグラムというごく少ない容量だったためと、アルツハイマー病ではない認知症の患者が、3割近く紛れ込んでいた可能性があったためだろう。

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。元上智大新聞学科非常勤講師。

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