書評家・栗下直也さんが評する『今週の一冊』。今回は『マイルド・サバイバー』(たくきよしみつ、MdN新書 1100円・税込み)です。

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 田舎でのんびり暮らしたい。都会に住んでいる人ならば一度は思い描いたことがあるはずだ。

 これまで何度か移住ブームがあったのはみなさんもご存じだろう。1970年代に列島改造ブームがUターンを促進し、90年代はバブル崩壊で都市離れが起きた。2010年前後はリーマンショックや東日本大震災で地方の良さが見直された。そして今、コロナ禍で地方への関心が高まっている。

 だが、「ブーム」で終わってきたように、多くの人にとって移住は「憧れ」に過ぎなかった。地方ならではの慣習や人付き合い、そもそも仕事をどうするのか、子育てはできるのか……。生活を考えると、多くの人にとって都心に留まり続けるのが現実的な生き方に映るのは今も昔も変わらない。

 本書はこうした固定観念を打ち砕く一冊だ。現代は先行きが不透明だから「常識」にすがりたくなるが、「常識」に縛られ、身動きがとれなくなることこそ危険だと警鐘を鳴らす。「憧れ」であった移住が、意外にも合理的な選択肢であり、「縮む日本」を生き抜く解とも説く。

「さすがに大げさではないか」と思われるかもしれないが、著者が指摘するように、日本を取り巻く環境はロジカルに考えれば考えるほど厳しい。少子高齢化で経済成長は鈍り、ここ20年間、賃金は増えていない。エネルギーや食料の大半を輸入し、インフラは脆弱なまま。首都直下型地震や南海トラフ地震、富士山噴火がいつ起きても不思議ではない。

 こうした危機を訴える本は書店にいくらでも並んでいるが、本書が類を見ないのは具体的なサバイバル術を提示しているからだ。

 著者は普通ならば一度経験するかどうかの地方への転居を3度も経験している。新潟県川口町(現長岡市)に買った家は04年に中越地震で失い、その後に移住した福島県双葉郡川内村では東日本大震災の影響で全村避難に。現在は栃木県日光市の郊外の一軒家に暮らす。移住の酸いも甘いも知っているといっても過言ではない。

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