「その話を聞いて、切なくて、切なくてねえ」(鈴木)

 その妻から、「出しておいた朝食に手をつけていないから、部屋をのぞいてみたら絶命していた」という報せが入ったのが、1992年9月24日のことだった。

 鈴木は安孫子と一緒にすぐに茅ケ崎の自宅に行った。最後の宴会から2年と少ししかたっていなかったが、その死に顔の無精髭と髪は真っ白だった。

 寺田は、死の5年前にこんな一文をある雑誌に寄せている。

<世間にはごくありふれた小さな親切が、著名人になった友達により、繰り返し書かれているうちに美談のように思われ、ボクが立派な人のように受け取られたのでしょうが、本当に偉いのは、些細な恩を大きな感謝で、人々に伝えてきた友人たちのほうです>

 享年61。トキワ荘に集った手塚以外のマンガ家の中でもっとも早く逝ったマンガ家だった。

 東京都豊島区椎名町、ミュージアム近くの関連施設には、その寺田が若き日、情熱と希望に燃えてペンを握った四畳半の部屋が再現してある。

下山 進(しもやま・すすむ)/ ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文藝春秋)など。

週刊朝日  2022年9月23・30日合併号

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。元上智大新聞学科非常勤講師。

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