末並俊司(すえなみ・しゅんじ)/ 1968年、福岡県生まれ。日本大学芸術学部卒業。テレビ番組制作会社を経て2006年からライターに。「週刊ポスト」を中心に介護・福祉分野の取材を続ける。本作で小学館ノンフィクション大賞受賞。(撮影/大塚恭義)
末並俊司(すえなみ・しゅんじ)/ 1968年、福岡県生まれ。日本大学芸術学部卒業。テレビ番組制作会社を経て2006年からライターに。「週刊ポスト」を中心に介護・福祉分野の取材を続ける。本作で小学館ノンフィクション大賞受賞。(撮影/大塚恭義)

『マイホーム山谷』(末並俊司著、小学館 1650円・税込み)の主人公、山本雅基さんは、2002年に東京のドヤ街・山谷で行き場のない人たちのホスピス「きぼうのいえ」を設立し、NHKの「プロフェッショナル」など各メディアに登場した。きぼうのいえは山田洋次監督の映画「おとうと」の舞台のモデルにもなり、山本さんは福祉業界の有名人であった。

 末並さんが彼に会ったのは、18年8月のこと。

介護職員初任者研修を取ってケアした両親を相次いで家で看取り、虚無感をぬぐえなかった。何かしら救いを得られると期待していました」

 きぼうのいえに隣接した山本宅を訪れた末並さんを待っていたのは、しかし、酒の臭いと腐臭だった。床はペットペトしている。真空管アンプだけが場違いな空気を醸す。しかも、末並さんが両親の話をすると、「僕は亡くなった父と話せるんだ。霊界通信というやつだね」とまで口にした。

 山本さんはこの年3月にきぼうのいえの理事を解任されていた。統合失調症を患い、アルコール依存症でもあった。結婚し、二人三脚できぼうのいえを育てた美恵さんは、とうの昔にスタッフの男性と出奔していた。

 当ては外れた。一度きりの訪問で終わっても不思議ではない。だが末並さんは、月に1回ぐらいのペースで山本宅に通い始める。自身は酒を飲まないのに、頼まれて買っていった金麦をワイングラスで流し込む山本さんの半生に耳を傾ける。

 山本さんは、たまに連絡がつかなくなると、入院していた。山谷に数百人規模の施設を開く構想も頓挫した。20年秋、ついに生活保護を受けることに。末並さんは申請に付き添った。それから取材を本格化させた。

「支える側の人が支えられる側になった落差と、それでも山谷に居続けたいという気持ちに惹かれたのです」

 末並さんは、山谷で活動する訪問看護ステーション・コスモスの山下眞実子さんと一緒に、山本さんが吉原の近くに引っ越すのを手伝う。その後も、弁当やお菓子を持って訪ねた。手が震えた山本さんのお尻を拭いたこともある。21年夏、逃げた男性と別れていた美恵さんも捜し出した。パズルが埋まった──。

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