※写真はイメージです (GettyImages)
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 ライター・永江朗氏の「ベスト・レコメンド」。今回は、『彼岸花が咲く島』(李琴峰著、文藝春秋 1925円・税込み)を取り上げる。

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 李琴峰の『彼岸花が咲く島』は文芸誌「文學界」3月号に発表されたときから話題で、文芸時評等にも取り上げられた。今回の芥川賞受賞決定に驚きはない。言語と歴史について、これほど見事に物語化した小説はかつてあっただろうか。

 まず、設定が素晴らしい。舞台は南の島。記憶を失った少女が彼岸花の咲く浜に流れ着く。少女を見つけたのはこの島の游娜(ヨナ)という少女で、游娜は彼女を宇実(ウミ)と名づける。この島では「ニホン語」と「女語」という二つの言語が使われている。少女は「女語(じょご)」に似た「ひのもとことば」が母語であるらしい。少女は3種の言語に英語も混ぜながら游娜たちとコミュニケーションし、島の生活になじんでいく。異なる言語で育った人びとが、手持ちの言葉を総動員しながら意思を伝えようとする場面が愉快だ。

 游娜は島の歴史を伝える「ノロ」に憧れ、「ノロ」になることを目指している。宇実も島に住み続けるため、「ノロ」を目指して修行を始める。口絵の絵地図には「御嶽」という言葉も見え、文中では「うたき」と読みがふられている。モデルとなった島は沖縄の、たとえば与那国島あたりだろうか。「ノロ」はユタを思わせる。

 游娜は宇実が「ニライカナイ」から来たと思っている。海の向こうにある伝説の楽園だ。だが島の歴史を知るうちに、宇実の故郷である「ひのもとぐに」がそんな理想郷ではないこともわかってくる。

 作者は1989年に台湾で生まれ、2013年に来日。17年に群像新人文学賞優秀作を受賞してデビューしている。「日本語」は「日本人」だけのものではない。

週刊朝日  2021年8月13日号