帯津良一(おびつ・りょういち)/帯津三敬病院名誉院長
帯津良一(おびつ・りょういち)/帯津三敬病院名誉院長
夏目漱石の肖像 (c)朝日新聞社
夏目漱石の肖像 (c)朝日新聞社

 西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「漱石の魅力」。

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【死生観】ポイント
(1)漱石が大好き。『三四郎』の世界が理想郷に思えた
(2)漱石の人間性の魅力を書簡集で知ることができる
(3)漱石は死んでから本来の自分に還れると考えていた

 私は夏目漱石が大好きです。漱石の魅力は彼の作品の魅力だと言えます。そして、作品の魅力は登場人物の人間性の魅力なのです。例えば『三四郎』の主人公、小川三四郎。九州から東京に出てきて、東大に通います。そこで出会う人々との交流がいいですね。高校生のときにはじめて『三四郎』を読んで、三四郎が生きた世界が理想郷に思えました。私が東大に進学したのも、その影響が多分にあったと思います。

 三四郎は引っ越しの手伝いに行って、この小説のヒロイン、里見美禰子に出会います。その時の様子を漱石はこのように表現しています。

「(彼女は)会釈した。腰から上を例のとおり前へ浮かしたが、顔は決して下げない。会釈しながら、三四郎を見つめている。(中略)ヴォラプチュアス! (彼女の)この時の目つきを形容するにはこれよりほかに言葉がない。何か訴えている。艶(えん)なるあるものを訴えている。そうしてまさしく官能に訴えている。けれども官能の骨をとおして髄に徹する訴え方である」

 見事です。知性と気品のなかに、色気をたたえた理想の女性を余すところなく描いています。私はこのくだりを読んで、彼女に一目ぼれ、以来、里見美禰子は“わが永遠の恋人”になりました。

 漱石が描く人物の人間性が魅力的なのは、つまりは漱石自身の人間性が魅力的だからでしょう。この漱石の人間性を直接、知ることができるのが、書簡集です。

『漱石書簡集』(岩波文庫)の解説によると『漱石全集』(岩波書店)には2250余りの書簡が収録されているそうです。よくぞこれだけの書簡を集めたものです。編集者のご苦労に頭が下がります。これだけあると、読むのも大変です。岩波文庫には、このなかから158通を選んで収めてあります。こちらは全部目を通せます。

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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