病院や自宅で医療や介護を受ける場面になったら必要とされて始まったが、いまでは、その前の日常生活から準備していこうと取り組む。

 福井県では、福井駅前の新栄商店街に「みんなの保健室」と呼ばれる集いの場がある。13年から商店街の空き店舗の一つを使わせてもらい、気軽に立ち寄って何でも相談できるようにした。この地域で在宅医療を提供するオレンジホームケアクリニック理事長の紅谷浩之医師の発案だった。

 紅谷医師は、厚労省の人生会議に関する数々の検討会の委員。同クリニックの看護師や社会福祉士、引退した看護師らがボランティアで体のことだけでなく、こころや暮らしの悩みを聞く。老若男女問わず、年間のべ約300人の利用者がふらりと訪れる。

 この場所で、大学生が高齢者にスマホの使い方を教えたり、子ども食堂に大人も集まってきたりする。雑談を重ねることで、お互いの人となりがわかり、深い話をしてみようという気持ちにもなるという。東京・新宿に開設されている「暮らしの保健室」(秋山正子代表)を参考につくった。

「本人たちは人生会議をしているとは思っていないでしょう。でも3年、5年後に、その雑談で聞いた言葉が療養の支えになります」(紅谷医師)

 ちょっとした病状の変化であたふたしたり、切羽詰まって自分の人生とはおよそ合わない選択をしそうになったりするとき、「地域に自分のことを知る人がいれば、『それは、あなたらしくない』と待ったをかけてくれる。3年会っていない子供たちより、近所のおばちゃんのほうが関係性は深まります」と紅谷医師は笑いながら言う。

 また、人生会議は、登場人物が多いほうが多面的で深層的になる。この取り組みが功を奏して、紅谷医師は住宅街などにも「みんなの保健室」をつくった。

 終活とは、自分と向き合う作業の積み重ねで、人生会議は残りの時間をより豊かに過ごすためのきっかけとなる。(医療ジャーナリスト・福原麻希)

*1:「人生の最終段階における医療に関する意識調査」(厚生労働省、2018年)
*2:エンドオブライフ・ケア協会…解決が難しい心の苦しみを抱えた人が、困難と向き合うときの力を強めるため、および、そのような人をサポートする人のための研修組織

週刊朝日  2021年3月12日号