介護現場での人生会議について、愛知県の介護事業所Old‐Rookie 快護相談所和び咲びの副所長で、介護支援専門員(ケアマネジャー)の大城京子さんは、こんなエピソードを紹介してくれた。

 70代女性は肺がんの治療を受けていたなか、脳卒中を起こして、すぐ入院に。治療を受けたが、手足にまひが残り、一時寝たきりになった。

 療養場所は自宅を選んだため、退院して在宅医療へ。訪問診療、訪問看護、訪問リハビリテーションを受けることになった。同居の長女が介護をするほか、週2日、訪問入浴サービスを利用した。女性の生活や療養を支えるチームができた。

 チームのメンバーは、日々の暮らしの中で、女性の人生会議に関する情報を共有ノートに書き込んだ。例えば、長女は「母は食べることが好き」とメモした。理学療法士は、女性から「リハビリテーションをするとき、ジャズを聴きながらやりたい」と聞いたので、ノートに書いた。

 3カ月後、女性は車椅子に座れるようになった。家族も「一緒に食卓を囲める」と喜んだ。ノートには「目標は自分の足で歩けるようになること」「孫の成人式が見たい」「もしものときは病院でなく、家で最期を迎えたい」など女性の気持ちが書きとめられた。

「日常の何げない会話には、思いのかけらがちりばめられています。家族やチームのメンバーはそれらを丁寧に拾い上げ、持ち寄ってパズルのようにつなげます。そうすると、その方のお気持ち、ご意思が見えてくるものです」(大城さん)

 そして、本人を取り囲む人々がそれを知っておくことには、重要な価値があるという。理由は、「命の危険が迫ったとき、約7割の人は医療やケアを自分で決めたり、希望を伝えたりすることができなくなる」(厚労省)からだ。その場合、本人に代わって、周囲がいろいろなことを決めなければならない。

 だが、本人の気持ちや意思を確認しないまま医療やケアの選択をした場合は、家族も医療者や介護者も「本当にそれでよかったのか」と何度も思いを巡らせることになりやすい。厚労省が18年に発表した国民の意識調査(*1)の中でも「大切な人の死に対する心残り」について、約4割が「ある」と回答した。

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