八嶋さんにとって劇団での活動は、お金にはならずとも、俳優として生きていく上でのベースになっているそう。

「劇団があるから、芝居というものに絶えず青春時代のような情熱を注いでいられる。芝居に対するある種のハングリーさは、俳優を続ける上では、おそらく僕の武器になっていると思います。この二十数年は、その武器を携えて、外で戦っている感じです」

「わたしの耳」「あなたの目」は、それぞれライブ配信も予定されている。

「こういう状況だからってことで、配信の技術が向上したり、それまで劇場に足を運ぶのは億劫だと思っていた人でも、『ちょっと覗いてみようかな』と思ったり。すべてがいいことかはわからないけど、コロナがもたらした進歩や広がりはあると思います。『見てみよう』と思ってくれたら、目には見えないけれど、新国立劇場小劇場の席に一人座ったことと意味合いとしては同等ですよね」

「あなたの目」で八嶋さんが演じるのは、妻の浮気を疑う夫が呼ぶ探偵の役。

「夫婦って、社会における最小単位のコミュニティーだって言いますよね。60年近く前に書かれた物語ですが、台本を読んでいると、夫婦がどうあるべきか模索することに時代とか国とかは関係ないんだなと感じます。『全世界の夫婦は、しゃべらなければ別れない。しゃべるから別れるんだ』なんて台詞に納得させられる一方で、『気持ちは、言葉にしないと伝わらない』なんて台詞も飛び出して、いろんな矛盾があって面白い」

 コロナ禍にあって八嶋さんは、人間が、持続的にものを考える動物であることを実感したそうだ。熟考し、導き出された考えに基づいて行動し、間違ったら修正する。劇場が再開していく様子を見ながら、そのプロセスが大事だと気付かされた。

「舞台もまた、人に考えるきっかけを与えるものだと思います。舞台が扱うテーマって、だいたい普遍的なもので、この舞台なんかまさにそうです。誰もが、日常生活の中でいろんなことに迷い、考えを巡らし、最後に何かを選択しています。僕もいろんなことを考えた上で、“劇場が開いている限り芝居を続ける”選択をしたんです」

(菊地陽子 構成/長沢明)

週刊朝日  2020年9月18日号より抜粋