北島康介は中学のときから100メートルが得意という強烈な自負がありました。ところが最初に日本新を出したのは200メートル。世界新も200メートルのほうが早かった。水の抵抗が少ない泳ぎでストローク数を減らすことができるので200メートルの適性も高かった。私は両方の種目で五輪金メダルが狙えると考えて、練習プランを組み立てていきました。キャリアを重ねる中で「100メートルのほうが得意」という北島の思い込みは薄れて、「100メートルも200メートルも」と意識が変わっていきました。

 固定観念に縛られないために、大切なことは遊び心だと思います。いろんなことをおもしろいと感じる心の余裕があれば、平泳ぎのトップ選手が遊びでやる背泳ぎのスタートにも指導のヒントが見つかるのです。

 新型コロナウイルスの感染拡大防止のための外出自粛要請が続き、自宅で競泳の水中ビデオを見る時間が増えました。男子200メートル平泳ぎの世界記録を持つチュプコフ(ロシア)のターン後のドルフィンキックは、うねるように腰が上下するのですが、とてもよく進みます。北島の鋭く小さなキックとはまったく違います。青木のターン改善に向けて、また一つヒントを得た、と思っています。

(構成/本誌・堀井正明)

週刊朝日  2020年5月29日号

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平井伯昌

平井伯昌

平井伯昌(ひらい・のりまさ)/東京五輪競泳日本代表ヘッドコーチ。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる』(小社刊)など著書多数

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