戸田さんのキャリアに話を戻そう。20年、字幕翻訳家になるチャンスを待ち続けて、「地獄の黙示録」でそれを掴んだ。それから、依頼があると、「嬉しくて嬉しくて」1週間から10日で1本の作品を仕上げるような売れっ子の状態が、30年以上続いた。

「女性であったことが、何かいいほうに作用したことは?」と尋ねると、「フリーターでいられたことぐらいかしらね。男はそうはいかないから。だって当時は、30にもなってフラフラなんかしている人はいなかったもの。そういう意味で、41歳まで、“ナッシング”でも平気だったのは、女性だったからかもしれません」。

 無類の映画好きとはいえ、作品の好き嫌いが、翻訳に影響はしないのだろうか。

「本当に短時間で集中して仕事をするので、好きとか嫌いとか考える暇もありません。どの映画を観ても楽しいし、この楽しさを一人でも多くの人と分かち合いたいという気持ちが、一番のモチベーションです。だから、自分の好き嫌いとか、自分の個性がどれに向いているか向いていないか、ということではない。映画ってなんでもありでしょう。SFからアクションからヒューマンドラマから。来たらやらなきゃいけないし、選択権はないし(笑)」

 また、一本一本内容が違う映画の、そのときどきの登場人物の気持ちになれることも、字幕作りの醍醐味だという。

「台詞を作るというのは、その人の気持ちにならないとできない。『地獄の黙示録』では、マーロン・ブランドの気持ちになって、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では、マイケル・J・フォックスの気持ちになる。頭の中では、その世界に飛ぶわけです。こんなおもしろいことはない。見た目は机に向かっているだけだけど、心は、フィクションの世界で自由に遊ぶことができる。過去や未来から、宇宙の果てまで。失恋の悲しみから、親子の確執まで。森羅万象を、頭の中で操ることができたのです」

(菊地陽子、構成/長沢明)

■THIS WEEK
2月20日(木)
1日オフ。日中は読書をして過ごす。映画でフィクションは堪能し尽くしたのか、本ではノンフィクションにハマっている。塩野七生の「ローマ人の物語」シリーズを読み進めながら、「人間は愚かにも同じことを繰り返しているなぁ」と溜め息。
2月21日(金)
毎日の楽しみは食事とお酒。夜は食にマニアックな友人に連れられて下町の隠れ家的レストランで舌鼓。「週の半分は、友人と会って食べて飲んでいます(笑)。恥ずかしながら、料理は一切できないの」
2月22日(土)
持ち込みOKの店で、昨年コッポラ家を訪れたときにお土産でもらったコッポラ・ワインで乾杯する。
2月23日(日)
昼に友人と会い、次の海外旅行の計画を立てる。「旅行の目的は観光名所ではなく、美味しいお店。それが私の旗印で、それをつなげる旅をします」
2月24日(月)
連休最終日だが、特に人と会う約束もなく、読書をして過ごす。
2月25日(火)
原稿チェックなど、細かい仕事を済ませてから、外食。
2月26日(水)
ラジオ収録。「地獄の黙示録 ファイナル・カット」の宣伝に勤しむ。

週刊朝日  2020年3月13日号