■石田三成の像を根本から覆す

縄田:次は今村翔吾さんの『八本目の槍』。ラストは号泣しました。

長田:冴えない男で嫌な奴で、なおかつ関ケ原の戦いで負けた、という石田三成のイメージが見事に変わりました。

縄田:「賤ケ岳の七本槍」を登場させて、それぞれの視点から多面体としての三成を描き、最後にそれが一つの像を結ぶ。そういう構成になっています。「賤ケ岳の七本槍」とは、秀吉が宿敵の柴田勝家と戦った賤ケ岳の戦いの殊勲者のことです。七本槍以外にも、石田三成とか大谷吉継ら、秀吉配下の14人の武将がここで手柄をあげているんです。

長田:にもかかわらず縁起の良い「七」になったと書いていましたね。

縄田:最近の研究をきちんと踏まえているのがわかります。武闘派の武将と石田三成は仲が悪かったという定説があります。作品の最初のほうの話で、朝鮮出兵が終わって、黒田長政らが三成がやったことは米や武具を送るだけではないかと憤っていると、加藤清正が「それがいかに難しいか、お主は知るまい」とやり返したい気持ちを抑えられない。この清正は猛将ではあるんですが、財務や民政において優れた武将だったと解釈するのは、最新の研究に目を通していないと出てこない。そこらへんがきちんと押さえられています。

長田:「七本槍」の中でも出世する人とパッとしない人とがいて、今の時代と変わらないんだなと親近感を持ちます。著者の今村さんはダンスのインストラクターをやっていて、埋蔵文化財調査をしていらしたとか。多才な印象があります。

縄田:三成と武闘派の武将たちは仲が悪かったという定説で書かれたのが司馬遼太郎の『関ケ原』です。みんなそれを踏襲しているんですよ。ところがこの作品はそれをひっくり返しちゃった。

 人間味というところでいうと、平野長泰が小姓組時代に争いを避けて常に卑屈な笑いを張り付かせていたことに対して三成が「お主が小馬鹿にされ、私たちが口惜しいと思わなかったとでも思うのか」と言う面も出てくる。三成という人物の懐の深さが実にうまく書かれているんですよね。

長田:よくぞこのセリフを、というところが嫌みなぐらいうまい(笑)。

■日本軍に遡る国会討論の景色

長田:3冊めは伊東潤さんの『真実の航跡』。戦中に日本海軍がイギリスの商船ダートマス号を砲撃しその乗組員を捕虜とします。その結末と、戦後のBC級戦犯の法廷裁判とが交互に進行します。伊東さんからまさかこういう作品が出てくるとは思わなかった。法廷闘争劇は、今の国会討論会を見ているような。

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