縄田:そのことは伊東さんはエッセーで書いているんですよ。下達された命令の捉え方とそれぞれの立場での忖度等が加わり起きてしまった悲劇であると。昨今の各省庁の改竄問題など、日本固有の組織的問題の根源は、遡れば日本の軍隊に求められるのではないかと。

長田:上官、トップの命令が絶対でその忖度、解釈の末に問題が起きる。考えさせられる一冊です。

縄田:今回の小説の題材は実話ですからね。

長田:捕虜である69人の死体の処理が……。

縄田:あそこの場面は凄惨を極めます。

長田:唖然としつつ、あれがないと全体的に成立しませんね。船の上の凄まじさ、忘れがたいですね。

縄田:裁判をやると言っても、日本の負けが決まっている裁判をやらないといけない。ナデラ少尉が、死刑となる五十嵐さんは「曙光を見たのです」と言う。それは戦後日本の希望のことです。ただ、その曙光は今もわれわれの前に本当にあるのか。憲法第9条は今や風前の灯火になっているし、この間の中村哲さんのこともあります。

長田:伊東さんは今の時代だからこそ正義というものをつきつけたのだと感じました。今の学生は2000年前後の生まれです。ついこの間起きた悲劇が今という時間に見事につながっていることを、若い人たちにも伝えたいです。新年に向かって、自分はどう生きるのだ?と刃をつきつけられたような思いです。

縄田:今後、このような昭和史を扱った作品は、私たちと地続きのところでどんどん増えていくと思います。

■縄田一男(文芸評論家)
なわた・かずお 著書に『捕物帳の系譜』『「宮本武蔵」とは何か』『大江戸ぶらり切絵図散歩』など

■長田渚左(ノンフィクションライター)
おさだ・なぎさ 著書に『復活の力』など。『勝利の神髄 1928-2016』が1月25日発売予定

週刊朝日  2020年1月3日‐10日合併号