さて、話は少し変わるが、ここからは“毛”だ。それもミステリーにおける“体毛”の話──。

 変死体が発見されたとき、検視官や警察の検視担当が遺体の着衣をとってまず見るのは外傷と陰毛だという。(女性は白髪が目立ちはじめると、ほぼ例外なく染めるが)陰毛の白毛化は頭髪の白毛とは関係なく、四十五歳以降とみられるため、これで遺体のおおよその年齢をまず推定する。体毛の太さは齢とともに少しずつ太くなり、十五歳くらいで一定するが、頭髪、脛(すね)毛などは男性に比して女性のほうがはるかに太い。また、頭髪と体毛は死後褪色(たいしょく)し、黒い色素が消失して赤褐色になっていくため、これは死後経過時間を推定する目安のひとつになる。頭髪は腐敗しにくいため、DNA鑑定にも資するようだ。

 わたしは小説で死体検視の場面を書くとき、法医学本を机のわきにおいている(むかしは大きい書店に法医学関係の棚があったが、刺激が強いためか、最近は見かけない)。夜中に溺死(できし)体や腐敗死体のカラー写真を見たりすると、後ろに立っていないかと振り返ったりするが、その気味わるさもミステリーのリアリティーだと我慢して書きすすめる。「ようあんな気色わるいことを書けるな」と友だちにいわれたりするが、書いた本人はもっと気持ちわるい。わたしの小説に法医学本と解剖学本は必須だ。

週刊朝日  2019年12月27日号

著者プロフィールを見る
黒川博行

黒川博行

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

黒川博行の記事一覧はこちら