林:師匠の三代目市川猿之助(現・猿翁)さんは、新派に移ることに反対しなかったんですか。

河合:そのころは言葉を発することが少し難しくなってきていて、「実はこうこうで新派に行かせていただきたいんです」と話したら、紙に「大賛成」って書いてくれて、「あんた、新派に向いてるよ」って。

林:まあ、そうなんですか。

河合:昔、うちの旦那(師匠)は團子という名前だったんです。昭和38年に、團子は幼名だから名前をどうしようかとなったんですが、おじいさんは二代目猿之助としていらっしゃるし、お父さんは段四郎さん、そして中車さん、小太夫さんもいらっしゃって、澤瀉屋として継げるお名前がないわけです。そのときに旦那が「雪之丞でいいんじゃないか。『雪之丞変化』で有名な雪之丞だったらみんな名前も知ってるし」と言って、決まりかけたんです。

林:ええ。

河合:そしたら、ある日、二代目猿之助さんが雪之丞になるはずだった旦那に「おまえに猿之助を譲る。私は猿翁になる」と言って、その襲名が行われたんです。

林:へェ~、そうなんですか。知りませんでした。

河合:だからそのとき旦那がもらうはずだった「雪之丞」という名前を、私が新派に移るときに「あんた持っていきなさいよ」ということで、旦那から頂戴したんです。

林:師匠からいただいた大切な名前なんですね。話は変わりますが、私は花柳章太郎さん(戦前から戦後にかけて活躍した新派を代表する女方)って直接は存じ上げないんですが、ビデオとかで見ると、きれいな方ですよね。

河合:風情が素晴らしいというか、和の素養がすごくおありになる方ですよね。新派は歌舞伎を旧派としたときの新派ということなので、歌舞伎の素養がベースにあって、そこをいかにリアルにつくり上げていくかだと思うんです。ただ、リアルな芝居なんだけど、聞かせるセリフは歌わなきゃ(感情を入れなければ)いけない。

林:私たち日本人、「切れる、別れるは芸者のときに言うこと」というセリフはみんな知ってますが、そのセリフが出てくる場面を見た人ってあんまりいないですよね。私、「婦系図」を見に行って、「あ、そうか。ここでこうやって出てくるんだ」って初めてわかりました。

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