袴田事件で「捜査機関が証拠を”捏造”」 弁護団が新証拠の補充書を最高裁に提出  (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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袴田事件で「捜査機関が証拠を”捏造”」 弁護団が新証拠の補充書を最高裁に提出 

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亀井洋志週刊朝日
白半袖シャツに開いた2つの穴と、袴田さんの体の傷(赤ライン)の位置

白半袖シャツに開いた2つの穴と、袴田さんの体の傷(赤ライン)の位置

味噌タンクから発見された白半袖シャツ。右肩の2つの穴の周りだけ血が付いている=いずれも藤原よし江さん提供

味噌タンクから発見された白半袖シャツ。右肩の2つの穴の周りだけ血が付いている=いずれも藤原よし江さん提供

 静岡地裁の再審開始決定を取り消した東京高裁決定から、1年余りが経過した。死刑が確定した元プロボクサーの袴田巌さん(83)は最高裁に特別抗告中だが、弁護団はこのほど“新証拠”を提出した。焦点となるのは、袴田さんの犯行時の着衣とされた「5点の衣類(スポーツシャツ、白半袖シャツ、ズボン、ステテコ、ブリーフ)」だ。弁護団は衣類は袴田さんのものではなく、捜査機関によって捏造(ねつぞう)された可能性が高いと重ねて主張した。

【写真】味噌工場のタンクから発見された白半袖シャツはこちら

 改めて事件を振り返る。1966年6月30日、静岡県清水市(現・静岡市清水区)の味噌会社の専務宅から出火。焼け跡から一家4人の他殺死体が見つかった。味噌会社の従業員で当時30歳だった袴田さんが強盗殺人などの疑いで逮捕された。袴田さんは連日10時間以上に及ぶ苛酷な取り調べを受け、逮捕から20日目に「自白」してしまう。裁判では無罪を主張したが、事件から1年2カ月も経って味噌工場のタンクの中から血染めの衣類が発見される。いま焦点となっている「5点の衣類」だ。事件直後、警察が徹底的に捜索しながら見つからなかった衣類が突然発見されるのだから、きわめて不可解な展開だ。

 その後、警察は袴田さんの実家を捜索すると、都合のいいことに発見されたズボンの共切れを見つけ出す。その結果、「5点の衣類」が決定的な証拠とされ、68年9月、静岡地裁は袴田さんに死刑判決を言い渡したのである。

 2度目の再審請求で弁護団は、新証拠についての書面を提出した。そこで指摘したのは、「5点の衣類」のうち、スポーツシャツと、下着の白半袖シャツの右肩に付いた穴状の損傷に関するものだ。事件当時、袴田さんは白半袖シャツの上にスポーツシャツを着て、右肩(右上腕部)にケガをしたとされている。だが、不自然なことにスポーツシャツの右肩には釘で刺したような穴が1カ所あるだけだが、白半袖シャツには穴が二つ空いている。しかも、穴の位置がいずれも一致せずに、ずれているのだ。


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