司馬さんに名作を書かせた男 大往生十四代沈壽官の長き闘い (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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司馬さんに名作を書かせた男 大往生十四代沈壽官の長き闘い

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守田直樹週刊朝日#歴史
晩年の十四代沈壽官さん

晩年の十四代沈壽官さん

 薩摩焼宗家の十四代沈壽官(ちんじゅかん)さんが6月16日、肺炎のために92歳で亡くなった。十四代は、司馬遼太郎さんの人気短編「故郷忘じがたく候」(1968年)の主人公のモデルとなった人物で、初対面で司馬さんとすぐ焼酎を酌み交わしている。酔いながら、十四代の壮絶な人生に司馬さんは創作意欲をかき立てられたようだ。

 先祖は豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、島津勢に連行された朝鮮人陶工だった。逃げ遅れたことについて、

「よほど、運動神経が鈍かでしたろうな」

 と、十四代は司馬さんに冗談まじりに語っている。

 当時は茶道が隆盛で、朝鮮渡来の茶器の人気が高く、日本に来た陶工たちも士分に礼遇された。やがて苗代川(現、鹿児島県日置市)で窯を起こし、以来、沈壽官家は薩摩焼を製作し続けた。特に十二代は名工で、1873(明治6)年のウィーン万博などに出品し、世界で絶賛されている。

 司馬さんは「街道をゆく」の「肥薩のみち」(72年)の取材でも苗代川に立ち寄った。同行した須田剋太画伯はつぶやいた。

「あの人は西郷サンですねぇ」

 須田さんは、十四代に器の大きさを感じたらしい。

 その感情の豊かさは祇園に司馬さんと行ったときにも表れている。


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