聞いた瞬間、「おいっ!!」。3拍おいて私は彼奴の頭をひっぱたいた。前職はコミュニティセンターの受付に一日中座って、フラダンスサークルに洋室の鍵、茶道教室には和室の鍵、「鍵をひたすら渡す・受けとる」それだけのアルバイトだったらしい。「それだけ」って……百歩譲ってそれもいい。だが20代前半の男がやるバイトか? お爺ちゃんお婆ちゃんが年金で足りない分、ちょっとだけ贅沢するためにやる仕事だ! 興味持って損したわ!! たわけっ!!

 ……なんだっけ? あ、『いだてん』! 録画を何度も繰り返しみても、一刀がどこに出てるやらまるでわからない。

 悔しいが電話して聞いてみた。「わからないんですか? 兄さん……ふふ、しょうがないなぁ……」。目の前にいたら首を絞めてしまいそうだ。電話で良かった。「どこに出てんだよっ!?」「じゃ兄さんにだけ言いますよ……寄席で鳴ってる太鼓。その音とバチを持った手が『私の』なんですよっ!!」。手タレである。音タレである。でも凄く嬉しそう……。「……一刀、良かったな! ナイスっ! キャリアアップっ!」と言って私は電話を切った。………ん? なんだっけ……そうそう………『いだてん』っ!!

週刊朝日  2019年2月8日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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