「すごく幸せ」市原悦子さんの姪やミッキー吉野が明かす病室での最後の7日間 (2/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

「すごく幸せ」市原悦子さんの姪やミッキー吉野が明かす病室での最後の7日間

このエントリーをはてなブックマークに追加
上田耕司週刊朝日
祭壇に飾られた市原悦子さんの遺影(撮影/上田耕司)

祭壇に飾られた市原悦子さんの遺影(撮影/上田耕司)

「背骨にはいろんな神経がありますから、右半身はまぁ動いたけれど、最初のうちは左半身はかなり弱かったです。でも、リハビリして随分、回復していました」(同)

 沢部さんは20年前、AERAの特集企画「現代の肖像」で、市原さんにラブレターを書いて取材にこぎつけたという。

「あの時の記事がきっかけとなり、今まで長くお付き合いさせていただきました。この2年間、必ず週に1回か2回はおじゃまして、市原さんに付き添っていました。市原さんはお子さんがいないし、だからというわけではないけど、本を一緒につくったりして、気持が通じていた」

 17日の通夜の会場で、追悼のピアノ。「マック・ザ・ナイフ」(三文オペラの劇中歌)と「夢とごはんの木」(オリジナル曲)の2曲を演奏したミッキー吉野さん(67)はこう語る。

「通夜で演奏するピアノの練習をするたび、涙が溢れてきました。1月7日の病室で、市原さんと『夢とご飯の木』ついて話した時、市原さんは『私にとっては愛とパンの木よ』とジョークを言った。彼女はご飯よりパンが好きだったし、夫の塩見哲さん(2014年に死去)との愛に生きた人だから……」

  市原さんは1957年に俳優座に入団。俳優座で同期だった演出家の塩見さんとは61年に結婚した。75年からテレビアニメ「日本昔ばなし」(TBS系)のナレーションを常田富士男とのコンビで務め、人気者となった。テレビドラマ「家政婦は見た」、テレビドラマ「おばさんデカ」(フジテレビ系)など、人気シリーズはヒット作となった。

「テレビで活躍した印象が強いかもしれませんが、30歳くらいまでは俳優座の看板女優だったんですよ。シェイクスピアの『ハムレット』の恋人役オフィーリアを演じたり、『三文オペラ』だとか、数々のお芝居に出演した。非日常のお芝居というものに全魂をそそいでいました。夫とは『てっちゃん』、『えっちゃん』と呼び合い、おしどり夫婦でした」(前出の沢部さん)


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

関連記事関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加
あわせて読みたい あわせて読みたい