厚生労働省が3月にまとめた「人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書」によると、最期を迎える際に重要と思うことは、「家族等の負担にならない」「体や心の苦痛なく過ごせる」などが多かった。一方で、回答者の9割超は意思表示の書面を作成していなかった。

 本人の意思を示す書面がない場合、家族が重い判断を迫られる。本人の思いに沿ったつもりでも、延命治療を拒否すれば、苦しみ続ける人が少なくない。

「本当にこれでよかったのか、随分と苦しみました」

 2年前、夫を83歳で亡くした妻(78)は、こう振り返る。夫は70歳でパーキンソン病となり、認知症、前立腺がんなど次々と病に襲われた。要介護5の寝たきりの状態となり、在宅介護が限界に。特別養護老人ホームに入居した。妻は夫の代わりに、延命治療を一切求めない旨を伝え、施設での看取りを希望した。

 その後、夫は誤嚥性肺炎で入院することになり、妻は病院の医師から「気管切開」の提案を受けることになる。悩んだ末、医師の提案を断ることを決意。数日後、静かに最期を迎えた。妻はこう振り返る。

病気になるのが早かったので、夫は延命治療を受ける・受けないという明確な意思を示していませんでした。ただ、病気で十分苦しんできて、『周りに迷惑をかけたくない』とも話していたので、苦痛を伴うだけの延命は避けたかった。命を延ばしただけで、食べてもおいしいとわからない状態だと、きっとうれしくないと思いました。延命治療はやめようと決めたのです」

 夫の死後、早く死なせてしまったのでは、とかなり悩んだ。「あれで正解、後悔することはない」。子どもたちからそう声をかけられ、少しずつ過去と向き合えるようになったという。

「子どもたちには自分が死ぬときに悩んでほしくない」と、妻は日本尊厳死協会に入会。会員の会合に参加して看取り経験を話せるまでになった。

 協会は各地の支部で、リビング・ウイルや終末期に関する勉強会や講演会を開いている。東京都内で7月に開かれた会合に記者が参加すると、20人以上の会員らが意見交換していた。

 なぜ尊厳死を選ぶのか。会員の話を聞くうちに、「尊厳死とはどういうものなのか」を感じ取れる。夫の尊厳死を選んだ妻は、看取った後の揺れた思いを吐露。10年以上、夫をつきっきりで介護した経験を伝えるとともに、「今日は夫のことを話せてよかった」と、はにかみながら語っていた。(村田くみ)

※週刊朝日 2018年9月14日号