精巧なつくりの「ラブドール」(撮影/堀内慶太郎・写真部)
精巧なつくりの「ラブドール」(撮影/堀内慶太郎・写真部)
大阪・ミナミにあった「大人のおもちゃ屋」。宴席の景品として買い求める人も多かった1975年9月 (c)朝日新聞社
大阪・ミナミにあった「大人のおもちゃ屋」。宴席の景品として買い求める人も多かった1975年9月 (c)朝日新聞社

 社会風俗・民俗、放浪芸に造詣が深い、朝日新聞編集委員の小泉信一が、正統な歴史書に出てこない昭和史を大衆の視点からひもとく。今回は「大人のおもちゃ」。性にかかわる生々しい言葉は隠語や外来語に言い換える。そうすれば、オブラートに包むように抵抗感が薄まる。「大人のおもちゃ」という言葉にはそんな知恵だけでなく、遊び心も感じさせる。今で言う「アダルトグッズ」よりも味わいがある。

【写真】大阪・ミナミにあった「大人のおもちゃ屋」

*  *  *

 いやあ、びっくりしたなあ、あのときは。いまから四十数年前。東京と神奈川の都県境を流れる多摩川の河川敷での出来事である。

 友だちと野球をして遊んでいた私は草むらの中で見つけてしまったのだ。広げた両手と両足。ポカーンと開けた口──。「遺体だ!」。警察に連絡しようとしたが、妙に肌が白い。恐る恐る近づいてみると、等身大の女性の人形だった。

 私は当時、中学生。近所のおじさんが教えてくれた。

「あれはね、『ダッチワイフ』と呼ばれる人形なの。海水浴の浮輪のように空気で膨らませて使うんだ。空気を抜くとしぼむんだよ」

 ダッチ? ワイフ? 最初のうちは分からなかったが、人形の形状とおじさんの説明を思い起こすうち、それが果たす役割をおのずと知った。

 でも、なぜ河川敷の草むらにあったのか。使用者が処分に困って捨てたのか。増水時に、川の上流から流れ着いたのか。物言わぬ人形。あどけない表情が私の脳裏に焼き付いている。

 数ある「大人のおもちゃ」の中でもひときわ大きな存在感を持つダッチワイフ。英語だと「Dutch wife」。そのまま訳せば「オランダ人の妻」。

 その起源は19世紀後半、オランダ人の商人が妻を本国に残し、自国領だったインドネシアで取引していたときの境遇に由来すると言われる。でも、本当かどうかは分からない。

 日本では昭和30年代からメディアに登場するようになった。「百万人のよる」など風俗雑誌が台頭し始めた時代である。「日本もようやく平和になったんだなあ」と述懐した男性も多かっただろう。

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