ダッチワイフの起源は? 「大人のおもちゃ屋」の歴史を辿る (2/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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ダッチワイフの起源は? 「大人のおもちゃ屋」の歴史を辿る

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精巧なつくりの「ラブドール」(撮影/堀内慶太郎・写真部)

精巧なつくりの「ラブドール」(撮影/堀内慶太郎・写真部)

大阪・ミナミにあった「大人のおもちゃ屋」。宴席の景品として買い求める人も多かった1975年9月 (c)朝日新聞社

大阪・ミナミにあった「大人のおもちゃ屋」。宴席の景品として買い求める人も多かった1975年9月 (c)朝日新聞社

 昭和31(1956)年の南極越冬隊がダッチワイフを持参したものの、質が悪くて実用的でなかったとも言われる。事実かどうかの確証はないが、その“俗説”にも絡み、「南極1号」「南極2号」という製品も生まれた。年配のみなさんはこの名前を聞くと、ニヤニヤとした表情を浮かべるだろう。

 英国や米国では「Dutch wife」と呼ぶことはあまりなく、「sex doll」と呼んだそうだ。要するに、欲求を満たし安らぎを与えてくれる「特殊用途愛玩人形」である。

 業界では「特殊ボディー」と呼んだ。製造時、特に神経を注ぐのはエア漏れを防ぐことだ。空気で膨らませるので、体重を預けるとどうしても無理が生じる。ときにはパンクをしてしまい、補修をしても使い物にならなくなってしまう。

 亡くなった奥さんや恋人を思い出してほしいと、「面影」という人形が登場したのは昭和57(1982)年。素材はそれまで主流だったソフトビニールではなく、人肌を感じさせるラテックス。抱くとぬくもりが伝わったという。足や腕を付け根から取り外し、バラバラにして収納できる点でも画期的だった。「ウサギ小屋」と呼ばれた日本の狭い住宅事情を考慮した工夫である。「影身」「影華」という商品も登場した。いわゆる「影3シリーズ」である。

 顔は特段、美人ではない。誰にでも親しまれるような健康的で飽きない顔が好まれたという。横にすると目を閉じる開閉タイプ、目の部分がガラスで覆われ、透き通るタイプもあった。制作者は、縫い目を目立たなくさせることにも気を配った。詳しく書くのははばかられるが、利用者の好みに応じ、さまざまな「体位」を取ることもできた。

 最近は「ラブドール」という、しゃれた呼び名に変わった。実物の女性と見間違うほど精巧なつくりで、とびきりの“美人”も続々と登場。ボディーの細部もかなり緻密になっている。

 メーカーによると、人間の肌の感触や弾力、ぬくもりにこだわり、シリコーンを利用した特殊素材を開発。1体60万円はするという。男性だけでなく、女性からの需要や身体障害者の切実な悩みにも応える。メーカーは国内に4、5社あり、市場規模は約5億円という。


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