鴻上:議論の大前提となるものが損なわれていますね。

 僕は、『不死身の特攻兵』でインタビューした、9回出撃して9回生還した元特攻兵の佐々木さんがどうして生き残れたのか、そこを知りたくて何度もお会いして話を聞いたんです。佐々木さん自身はそういう言い方はされませんでしたが、結局、飛行機に乗るのが好きだったからじゃないかと思うんです。彼は戦場に行くのを怖いと思ったことがない。いつも、わくわくドキドキしていたという。

吉田:そうですか(笑)。

鴻上:佐々木さんの乗った「九九式双発軽爆撃機」というのは評判の悪い飛行機だったんですが、熟練すると鳥の羽のようになる。空を飛ぶのが好きで、こんなにも飛行機を愛している。だから、特攻で愛機をダメにするというのは嫌だと思ったんじゃないか。でも、軍隊という“超ブラック組織”の中で「好きだ」という実感を語ることは難しい。

吉田:なるほど。

鴻上:企業が新製品を発売するとき、「ビッグデータから見るとこうで……」などと理屈を並べるんだけど、中心にいる人間は「だってこれおいしいんだもの」と言いたいだけだったりする。佐々木さんがラッキーだったのは、どんなに理不尽な上司がいても、空では腕が一番ものをいう。「死んでこい」と言われながらも、行くたびに爆弾を投下して戻ってくる。これが歩兵だったらそうはいかなかったでしょう。好きでなおかつ技術をもっていたのは大きいと思います。

吉田:陸軍の場合は、正式な特攻部隊を形成していなかったために指揮権があいまいで、懲罰を含め上下関係の圧力が少なかったということもあったでしょうね。

鴻上:佐々木さんのようなパイロットは、仲間が何人も殉職するような激しい訓練を受けてきた。それなのに、「急降下爆撃なんかしなくていいから体当たりしろ」と言われて憤ったわけです。70数年前の彼らも自分たちと変わらない人間だと思えましたね。特攻機は爆弾を機体から切り離せないつくりでしたが、整備兵たちは爆弾を投下できるように手を加えました。現場レベルのリアリズムは「落とせない爆弾はありえない」だった。そこにはわずかな希望を感じましたね。(構成/朝山実)

週刊朝日  2018年8月17-24日合併号