シドニー、アテネ五輪など4回の夏季五輪に水泳競技チームなどのスポーツドクターとして帯同、水泳大国ニッポンの躍進を支えた整形外科医が“腰痛治療”のあり方に異議を唱えている。痛み止め薬にとどまらず、抗うつ薬や睡眠薬を処方し、根治につながらない治療に終始しているからだ。医療現場の現状を解説してもらおう。
「今の日本では腰痛の原因をつきとめないまま漫然とした治療が行われている」
こう警鐘を鳴らすのは、五輪のスポーツドクター経験を持つ、早稲田大学スポーツ科学学術院教授で日本水泳連盟医事委員長の金岡恒治さん。スポーツドクターとは、選手とともに現地に赴き、ケガや病気の治療や健康管理に当たる医師のことで、ドーピングや薬の管理もしている。
金岡さんは水泳競技チームなどのスポーツドクターとして、2000年のシドニー五輪を皮切りに、夏季五輪に4回帯同。北島康介さんや寺川綾さんなど、多くのアスリートの健康管理に携わってきた。
その彼がなぜ腰痛治療に危機感を抱くことになったのか。それは、五輪という晴れ舞台で、苦い経験をしたことがきっかけだった。
「選手の一人がレースの直前で腰痛を発症したんです。そのときは何で腰痛が起こったのかがわからず、痛み止め(非ステロイド系抗炎症薬)を処方することしかできなかった。結局、試合を棄権しました」
幸い、選手は座薬を使うなどして痛みが治まり、2種目目には出場できた。だが、このとき外科医としての自信が大きく揺らいだ。
「当時、私はスポーツドクターだけでなく大学病院で日々、手術を行うバリバリの脊椎(せきつい)外科医でした。手術で患者を治すことには自信があった一方で、手術が不要な、障害の程度が軽い腰痛患者について、正直、頭になかったことを、このとき気付いたのです」
これをきっかけに、手術中心の腰痛治療に対して疑問を覚えるようになり、手術の適応にならない、X線やMRIなどの画像検査では異常が見つからない腰痛(非特異的腰痛)のメカニズムや治療法などについて、研究を始めた。同時に腰痛予防にも取り組むように。これが功を奏し、シドニー以降、水泳競技チームは故障による棄権者を出していない。