林:すごい。北条秀司は今、作家でも知ってる人が少ないと思います。
長塚:「王将」は素晴らしい戯曲だと思います。泣けるし、ジーンと来るシーンがたくさんあるんです。見事ですよ。阪田三吉と奥さんの小春の第1部も最高ですよ。暗転すると劇場全体がシクシクしてます。
林:ほんとですか。
長塚:北条秀司はキャッチーですよ。まず関西弁のユーモアがあるセリフがおもしろい。それに、狭い舞台に十数人がガサガサッと出て、パッといなくなって三吉だけがいる場面なんか、また違うリズムができあがっておもしろいんですよ。
林:へーえ、そうですか。
長塚:下北沢の本多劇場のすぐ横の地下なんですけど、楽屋がないから、常盤も含め、みんな外で紋付き袴みたいなのを着て、ウロウロしながら出番を待ってるんです。
林:そういうところで採算は……。
長塚:もちろん儲かりません。ご褒美みたいな公演ですね。役者さんたちにも「すいません。ギャラはこれしか出せません」と事前に言って。でも、いいんですよ、たまにそういうものをやるって。
林:奥さまも快く引き受けてくださったんですか。
長塚:「王将」をやると決めて、小春、誰にしようかって考えて。常盤は役に合っているし、こういうことを楽しみそうな性格だから、「ちょっと悪いんだけど、小春、やってくんないかな。ギャラは少ないけど」ってお願いしたんです。そうしたら彼女、移動するときも車を出してみんなと一緒に荷物を積み込んだりするし、劇場の「バラシ」(装置の片づけ)とかも一緒にやるし、みんなに食べさせるごはんも炊くし。
林:いい奥さんじゃないですか。
長塚:僕もつくづく思いました。「こいつ、いいやつだな」って。困難な状況を楽しく過ごそうとするタイプで、痛快でしたね。
林:ほんとに小春じゃないですか。
長塚:ほんと、小春なんですよ。
林:すてきなご夫妻で、うらやましいです。
(構成/本誌・直木詩帆)
※週刊朝日 2018年7月13日号より抜粋