三浦大知の「すべりだい」は“思い切り楽しんでここにしか無い表現になるように頑張ります”とのコメント通り、ヒップ・ホップ・センス満載のリズミカルで斬新なアレンジだ。別れた恋人への思いを歌った曲で、切ない男心をうかがわせる歌いぶりだ。

 ライムスターの「本能」では、オリジナルから椎名が歌うサビをサンプリング。それ挟んでMummy-Dと宇多丸が、林檎賛歌ともいえるリリックを書き下ろしてラップしている。“My 禁断の果実”という歌詞から、それが本作の表題になったのではと思わせ、“まるであの日ガラス叩き割ったナース”という歌詞からはナース姿でガラスを割る強烈なシーンのあるPVを思い起こさずにはいられない。

 井上陽水は「カーネーション」を歌い、“椎名林檎の、世の中へのエッジの効いた様々な提示はかねがね注目しておりました。昨今のいろいろな価値観で溢れかえったカオスの世界の中で、方針を指し示す程のご活躍を期待しております”とのコメントを寄せた。あのネットリ、粘着質の歌いぶりに圧倒される。男性陣の中では断トツにすごみのある存在感を見せつける。

 男性陣ではもう一人。レバノン出身でロンドン育ちのシンガー・ソングライター、MIKAが「シドと白昼夢」をボサノヴァ風のアレンジで歌っている。

 一方、女性陣では藤原さくらが「茜さす帰路照らされど・・」を甘い歌いぶりで。木村カエラの「ここでキスして。」は、椎名のふてぶてしくはすっぱな歌いぶりとは対照的に、愛くるしい。AIは「罪と罰」をソウルフルに歌う。LiSAは“右翼的だ”と論議を呼んだ「NIPPON」をまっすぐに歌っている。

 私立恵比寿中学は「自由へ道連れ」に挑戦。オールディーズのポップス風な演奏をバックに、メンバーがしっかりと歌いつなぎ、最後には“道連れしちゃうぞ”と、ぶりっこセリフを挟んでアイドルらしさを発揮している。

 アルバムを締めくくるのは、松たか子の「ありきたりな女」。椎名が、出産して母になった体験から生まれた曲だ。松も娘をもつ母であり、その思いもあってか、ストリングスをバックに歌う松の丹念な歌唱には説得力がある。

 斬新で個性的、という以上に過激でアグレッシヴな歌詞、曲、多彩な音楽展開。女の情念やせつなさ、物悲しさの一方で、ぬくもりに満ちた佳曲も生んできた椎名林檎。作詞・作曲家としての才能と存在の大きさを改めて認識させるアルバムだ。過去のアルバムのすべてを聴き直したくなった。(音楽評論家・小倉エージ)

●『アダムとイヴの林檎』(ユニバーサルミュージック UPCH-20485)

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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