逗子駅からバスに乗って、漁港に近い停留所で降りた。缶ビール片手に鄙びた港町を歩いていると、急に御叱呼がしたくなってきた。

 しかし、観光地でもない小さな漁港に公衆便所があるはずもなかった。

「参ったな」

 切羽詰まって海とは反対の山側に目をやると、高い塀に囲まれたバスの車庫が目に入った。幸いにして人の気配はない。あそこなら人目につくことなく、事態を収拾できるに違いない。

 大センセイ、車庫の敷地内に侵入すると、塀の内側に向かって思い切り解き放った。桑田さんと一緒に“Oh yeah! Oh yeah!”なんてシャウトしながら……。
 すると、自分の影に異変が起こったのだ。頭がふたつある!

 何事かと首だけ後ろに向けると、背後から制服を着たバスの運転手が放出の模様をのぞき込んでいた。音量を上げていたから、彼の接近に気づかなかったのだ。

 運転手はしきりに何か言っているのだが、まったく聞き取れない。さりとて、放出は続いているからイヤホンを外すこともできないし、丸出しで振り向くわけにもいかない。

 かくて大センセイ、見ず知らずの運転手とともに、ひたすら放出の終了を待つという、奇妙な時間を経験することになったのであった。

 収納を終えてイヤホンを外すと、運転手が言った。

「お前、いい加減にしろよ」

 ごもっともです。

 スマホを使う前にはトイレに行かないと、危険だ!

週刊朝日 2018年6月1日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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