木内:司馬遼太郎の殺陣のシーンは迫力があります。瞬発力とか臨場感を感じる。読んでいていつも力が入ります。あの迫力はなかなか出せません。

原田:すごくリアルです。ただ、池田屋事件でも1時間40分の殺し合いで実際に死んだのは4人。現実にはサッカーのように前後半45分走りづめとはいかない。真剣は重いし、2分振り回したらまずダメです。ボクシングのように1ラウンド終わったら休んでまた斬り合いをしたと思います。司馬先生は小説で劇的に書いている。

磯田:チャンバラを実際にみた人の証言を集めたことがあります。にらみ合っている時間が長いそうです。斬り込んで指が飛んだり頭が斬られてまげが飛んだりしてまたじーっとにらみ合う。にらみ合う時間は映像化されないから。

原田:にらみ合って「数時間後」とか字幕入れて、また斬り合ってもいい(笑)。油小路の決闘の現場に斬り落とされた指がたくさん落ちていたという翌朝現場を見た老婆の証言もあります。指を切ったら刀を握れないから、そこを狙うせこい剣法も映像でやってみたい。

浅田:『一刀斎夢録』で小説にした斎藤一は謎の多い人で小説にしやすかったし好きです。他は司馬さんと子母澤さんで書ききっているから(笑)。怖い話ですが、指が落ちるのはコテが入るからでしょう。剣道では深い浅いで一本にならないこともありますが、真剣だったら浅くても当たったら指は落ちます。

古屋:土方が芹澤鴨を殺すところとか局中法度を出す場面など新選組が変わる場面があったと思いますが。

磯田:土方が新選組の方向を決めた局面が二つくらいあります。芹澤鴨を殺すと決断する場面と敗戦濃厚となった場面で甲府城を取りにいった前後です。近藤は自分の進む道をいつも女房役の土方に決めてもらっている。

浅田:ぼくは土方が近藤を引きずっていたと思います。近藤は純情で口下手な人。いろんな思想は持っていたが論客ではない。天然理心流でひと旗あげるために京都に来たが自分の思いとは違う方向に行ってしまう。土方はここまできたら引き返す訳にはいかないと引っ張っていく。それが流山の最後の別れになったと思います。

原田:幕末の江戸は道場が600ぐらいあった。大学だとすると北辰一刀流は東大ですね。天然理心流は東京近郊の私立の二流大学。伊東甲子太郎や山南敬助らは東大卒です。流派の違いやコンプレックスが面白い。

浅田:どこまで真実でどこまでうそを書くかは難しい。すべて真実ならノンフィクションか学術書になってしまう。史料を基礎にしながら、いかにうそをつくかが小説家だから司馬さんは本当に素晴らしい。うそに出会うたびにこう来ますかと。小説家から見るといちばん感心する小説です。

原田:虚実の混ぜ方がうまい。本当に薄皮一枚ですから。お雪の絵の先生の名前も出てきて、いるかと思って調べるといない。それに近い残酷絵を描いていた絵師は実在していた。私の中ではお雪のイメージがどんどん膨らんでいます。小説でいちばん気になる人はお雪です。箱館に行く場面も含めていかにリアルに見せるか。

古屋:女性から見て魅力的な人物は誰ですか。

木内:私は永倉新八が好きです。平常心というか、何にも影響されず淡々としていた気がするんです。独特の立ち位置。若い頃の写真と晩年の写真が残っていますが、表情は何一つ変わっていないことに永倉の人生を感じました。6尺(約182センチ)近くあって剣も達人だった。いざという時に近藤をいさめているのが永倉です。土方は近藤に甘いというか、あえて立てて利用していた。その中で正論を言って新選組を引き締めていたのが永倉だったような気もします。

磯田:『燃えよ剣』のラストシーンで土方が討ち死にする場面は剣士のオーラというか風圧を書いている。銃を構える新政府軍の兵士が馬上で剣を構える土方を恐れて近づけない。剣を振るって組織を作り上げた人です。流れ弾に当たって戦死したとしても最後まで剣を振るった。沖縄戦でも抜刀突撃がありました。どこかに日本人は土方的なものを抱えていると思います。

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