原田:永倉新八は私は読めば読むほどつまらなくなってしまった。土方を別格にするとリアルな人物でいえば井上源三郎(六番隊組長)です。最も古株で土方に反発する若者を源さんがなだめていた。彼は鳥羽伏見の戦いで戦死する。あそこで新選組は崩壊したと思います。

古屋:「男の一生というものは美しさを作るためのものだ、自分の」という土方の言葉があります。

木内:中学高校の時は私もそういう生き方を理想的だと思っていました。変節する難しい時代にあえて土方は自分の意志を曲げずに頑固に貫き通した。沖田総司は労咳で薄幸な美青年で天才剣士というイメージですが、ヒラメ顔という説があります。言葉を交わさなくても土方とツーカーで通じ合えたのが沖田だと思います。沖田も感覚的な人で剣は教えられない。自分が全部できる天才ですから。土方と方向性は違うけれど、土方のことが唯一感覚的にわかる理解者だった。

浅田:沖田が小柄な美青年というイメージはいったいどこから出たのか原典がわからない。色が黒くてヒラメ顔がいつ美青年に変わったのでしょう。

原田:明るいことは間違いなかった。明るさを映像化しようとすると中村錦之助になったりする。ぼくが映画を作る時も沖田は美剣士にします。

磯田:すごいハンディを持っているところが沖田の魅力です。スタミナがないと死ぬのに戦いに参加する。沖田の墓は麻布税務署の向かいにある。普段は閉鎖されていて塀の外からぴょんぴょん跳んでのぞきます。可哀想でいとしい感じがある。

原田:沖田がいることによって『燃えよ剣』が面白くなる。土方の男の美学はいま読むと少し鼻につくところはある。沖田だったら「女だってそうですよ」と言えるタイプ。2人の関係を司馬先生はうまく書かれています。

古屋:司馬さんは「血のにおいが鼻の奥に溜まってやりきれない」と書いておられるが、その小説の中にあえて清涼感のする明るい沖田を登場させたという見方は私の妄想でしょうか。

木内:そういう部分はあります。天真爛漫(らんまん)と剣の道を進んでいく少年で主人公の良き理解者。彼が出てくると安心する。

磯田:沖田だけは戦で相手を倒そうが生存はない。労咳で死が決まっている。そういう人間は無欲にしか見られない。だから必須の人物として描き込んだ。

原田:芹澤鴨を殺す時も土方から「お前は弟のように可愛がられているから部屋が真っ暗でも何があるかわかるようにしておけ」と言われた。最初は沖田は芹澤の寝顔が可愛いと言って断ろうとする。しかし最後は自分が先頭でやらせてくれという。あの明るさは小説として面白い。

浅田:ぼくは芹澤鴨はとても格好いい人だったと思う。スタイリッシュで尊皇攘夷の看板を背負っているスターです。武骨な近藤はその格好良さに影響され、まねをしていた。兄2人は水戸藩士で芹澤家は由緒ある古い名家です。血筋も正しいし教養もある。その芹澤を暗殺した時にハードルを飛び越えた。あそこが「新選組」になった瞬間だと思います。

古屋:『燃えよ剣』の解説で陳舜臣さんは司馬さんが土方と坂本龍馬を同時に書きはじめたことについて、2人は典型の中の典型で、悲劇的な最期を遂げたことも似ている、2人のレクイエムの意味もあったと書かれています。

原田:土方と坂本龍馬は鏡の裏表です。立場が違えば土方も坂本龍馬になっていただろうし龍馬も土方になっていた。2人の間にいるのが永井尚志です。その3人の関係にとても興味があります。

磯田:永井にきちっと証言してほしかった。彼が詳細な回顧を残していれば幕末期の謎はかなり解けると思います。永井は三島由紀夫の親戚ですね。

原田:父方の高祖父です。

磯田 司馬さんは必敗の兵として戦争に行った。武士の世の終焉(しゅうえん)である土方が弔われるシーンを書きたくてこの小説を発想した気がします。

木内:普通は黄金期を書きたくなるのですが、新選組の滅びていく過程を詳しく書いています。組織は崩壊したが最後はお雪さんのように見守ってくれる人がいた。温かみを感じます。

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