「対話はかかりつけ医の大きな役割。その際、大事なのは、病気だけでなく、患者がどんな暮らしをして毎日を過ごしているのかをみること。治療方法ばかりを提案する医師なら、最期をどうしたいのか、なんて考える機会がなかったのではないでしょうか」

 男性は間もなく、自宅でご近所や親族ら大勢の人に囲まれ、穏やかな表情で旅立ったという。

 花戸さんは永源寺地域での成功体験をもとに、人生の最期を笑顔で迎えるための五つの要素を挙げる。その中でも強調する一つが、「自らが果たす役割があること」だ。暮らしに張り合いがあるのとないのとでは大きな違いがある。

 90歳を前に脳梗塞を発症した女性。麻痺は残らなかったが、退院後は畑仕事も、得意だった裁縫もやらなくなり、自分の部屋にこもる時間が増えていた。ところが、2人目のひ孫が生まれた途端、自然と居間へ出てくるようになり、元気を取り戻したという。

「病気になったり、もの忘れが始まったりすると、私たちはその人から家庭や地域での『役割』を取りあげがちです。治療はもちろん大事ですが、役割を持つことで、治療を上回る効果が出ることもある。病気のことばかり考えなくて済むということでしょうか」

 人口の少ない地方では、地域住民の関係が濃密だ。「永源寺も田舎だからうまくいく」という指摘もあるが、花戸さんは反論する。

「ここに暮らせば、祭りや葬儀の付き合いなど、都会とは違う『煩わしさ』を感じる人も多いでしょう。しかし、煩わしさの積み重ねこそ、将来、その地域から返ってくる蓄え。お金とは違う『絆(きずな)貯金』です。絆貯金のおかげで、医療や介護が十分でなくても暮らしていけるんです」

 さらに、こう続けた。

「絆貯金は都会でも蓄えられる。それぞれが暮らす地域、長く付き合ってきた友人や同僚、同じ趣味を持つサークルの仲間……どんな関係でもいい。人との関係性を大事にしてほしい。人とのつながりが一番の財産。それがなければ、老後を笑顔で過ごすことはできません」

(朝日新聞・青田貴光)

■人生の最期を笑顔で迎えるための5カ条
(1)暮らしのなかで、自分の果たすべき役割を持つ
(2)人生の最終章をどう過ごしたいか、明確な意思を持ち、周囲にも伝える
(3)医療・介護の専門職が連携した「チーム」がある
(4)地域・ご近所の理解や支援がある
(5)病気だけではなく「生活」もみる、かかりつけ医がいる

週刊朝日 2018年3月9日号