“刺激臭を放つ暗雲が垂れ込めたラヴ・ソング”とボノが記す「サマー・オブ・ラヴ」と「レッド・フラッグ・デイ」は、写真家で映像作家のリチャード・モスによるシリア難民の記録を見たのをきっかけに書いた。前者で“ずっと考えているのは西海岸(ウエスト・コースト)のこと 皆が知っているあの西海岸ではない”と歌われる“西海岸”は、地中海に面したシリアのそれを意味する。後者では遊泳禁止の日の荒れた海に出ていく難民を描いた。

 民主主義の崩壊への憂いを歌う「ザ・ブラックアウト」も含め、社会問題をテーマにした一連の作品のインパクトはU2ならでは。詞を書き直した成果と言えるだろう。

 さらにボノは“自らの生にしがみつかざるを得なかった”ことがあったと明らかにしている。実際、16年の末、生死の境をさまよう出来事があったとされるが、冒頭の「ラヴ・イズ・オール・ウィ・ハヴ・レフト」「ライツ・オブ・ホーム」などは、その体験に基づいた曲らしい。

「13(ゼア・イズ・ア・ライト)」での“闇”“光”といった歌詞は“死”と“生”を象徴するかのようだ。最後に“誰かへの曲、僕のような誰かへの”と繰り返され、無垢だったかつてと、経験を経た現在の自身を映し出すとともに、“死”への旅立ちや無垢な存在への回帰、無垢な存在である子どもたちに願いを託した曲でもあると言えそうだ。

 アルバムのカヴァーを飾る2人の子どもはボノの息子のイーライとジ・エッジの娘のサイアンである。(音楽評論家・小倉エージ)

●『ソングス・オブ・エクスペリエンス』(ユニバーサル UICI-9068)

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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