また、指揮者ズービン・メータは「第九交響曲」の振り付けについて、「ベジャールは音楽を見事に理解した。彼の振り付けは体の動きによる音楽の分析だ」と話す。第九を作曲した当時、聴覚を失っていたベートーベンだが、「このバレエを見たら、動きと自分の音楽が一致して見えただろう」とメータが言うほど、バレエの「第九」で音楽「第九」をより味わうことができる。

 撮影は14年2月のリハーサル初日から11月の東京公演初日まで9カ月間続いた。

 編集作業はさらに長く、「毎日コツコツ1年かけて行った」とアギーレ監督。筋書きのない現実を撮るドキュメンタリーだけに、撮影では何が起こるかわからない。

「『瞬間』を逃さないように心がけ、2台のカメラを用いて常に勘を働かせて見ていました」

 ベジャールが「第九交響曲」に込めた「人類よ、一つになれ」というメッセージは、「自国ファースト」が蔓延(まんえん)する今の時代に必要なメッセージでもある。

「『人類愛』を照らし出すような傑作を復興させるのが難しい時代だからこそ、この作品を多くの人に見てもらいたい。『第九』は光り輝く、理想主義の芸術作品の代表例。ナイーブだと言われかねないくらいの理想主義を見直し、ベートーベンとベジャールが描こうとした世界観を見せることの重要性は高まっていると思います」(アギーレ監督)

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