SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機の『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「新幹線とカメ」。

*  *  *

 新幹線の自由席に乗ると、人間の欲や思惑が透けて見えて面白い。

 先日、静岡まで自由席で行ったときは、二列シートに座っている乗客全員が窓側に座り、通路側のシートに荷物を置いていた。通路側に座って窓側のシートに荷物を置いている人は、ひとりもいない。

 空いているせいもあったと思うが、なんとも気味の悪い光景であった。

 変な人に隣に座られたくないという気持ちはわからなくもないが、だからといって荷物でプロテクトするなんて姑息ではないか。みんな、もっとオープンな気持ちで新幹線に乗ろうじゃないか!

 ひとりでハイになっていて、ふと、新幹線の中で出会ったとても変な人のことを思い出した。

 
 その日、大センセイは二列シートの窓側に座って、東京から京都に向かっておられた。隣、つまり通路側の席には男が座り、股の間に白いズックの手提げ鞄を置いていた。布でカバーがしてあったが、布の横から何か棒のようなものがニョキッと突き出ている。気になって仕方がない。

 男が席を立った隙に、その棒を観察してみると、それはなんとカメの頭であった。洋風のカメが首を長く伸ばして、手提げ鞄の中から顔を出しているのだ。

 鞄は一澤帆布製だったから、おそらく男は京都へ向かうに違いない(思い込みだな)。布の隙間から鞄の内部を覗いてみると、頭を出しているカメ以外にも何匹かのカメがいる。

 つまり男は、カメの運び屋だったのだ。もしかすると、絶滅危惧種のカメの密輸業者かもしれない。そうでなければ、こんなおかしな運び方をするだろうか。

 
 それにしても、隣の席に逃げそうなカメがいる状況は、とても落ち着かないものである。運び屋はデッキでカメビジネスの打ち合わせでもしているのか、なかなか席に戻ってこない。運び屋を探しに行って、

「カメが出そうですよ」

 と教えてあげるのも変だ。

 どうしたものかと思案していると、事態は思いがけない方向に展開した。

「キャッ」

 後ろの座席から、女性の悲鳴が聞こえたのだ。カメが脱走したに違いない。

 近くの席に座っていた男性が席を立つと、バタバタと走りながら車両を飛び出していき、やがて車掌を連れて戻ってきた。

 車掌は女性の席の付近で、「あっ」とか「おおっ」とか言いながら何かやっている。カメを捕獲しているに違いない。大センセイ、捕獲現場を見たかったが、野次馬根性を丸出しにできるほど、人間がこなれていなかった。

 
 車掌が立ち去ると、車内はまるで何ごともなかったように、元の静けさを取り戻した。だが……。

 数分後、なぜか先ほどの車掌が再び現れたのである。右手にサンドイッチを入れるような透明でペラペラのプラスティック容器を捧げ持っている。輪ゴムをかけた容器の中にはなんと、あの洋風ガメが入っていた。

「えー、カメ。カメを落とされたお客様はいらっしゃいませんか。えー、カメ」

 車内から小さな笑いが漏れた。車掌が車両を出ていくと、今度は隣の席の男が戻ってきて、白い鞄を手にすると、そそくさと車掌の後を追いかけていった。きっと乗客の前で、

「それは私のカメです」

 と名乗り出るのが恥ずかしかったのだろう。大センセイ、乗客の誰かに、

「あの人のカメです」

 と言いたくて仕方なかった。

週刊朝日 2017年12月15日号

著者プロフィールを見る
山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

山田清機の記事一覧はこちら