これらの商品に共通して含まれるのが、生薬の“オンジ(遠志)エキス”。ヒメハギ科のイトヒメハギという植物の根や根皮(根の芯を抜いた部分)を乾燥させたもので、病後の体力を付ける人参養栄湯(にんじんようえいとう)や、睡眠や不安を改善する加味帰脾湯(かみきひとう)などの漢方薬にも入っている生薬だ。

「2015年に厚生労働省が、1種類の生薬をエキス剤として製品化するためのガイダンスを作成。そのなかに“中年期以降のもの忘れの改善”としてオンジが含まれていたんです。各社はこれに注目し、製品化に取り組んだ。中高年が増え、さらに最近は漢方ブームということもあり、各社とも力を入れています」(製薬会社関係者)

 漢方に詳しい神経内科医の川鍋伊晃(ただあき)さん(北里大学東洋医学総合研究所漢方診療部)は、説明する。

「オンジは中国の古い薬学書『神農本草経』にも載っている生薬で、古くから不忘(もの忘れを防ぐ)、益知(知能を高める)などの目的で使われていました。不安を落ち着ける、眠りを促すなどの作用もあります」

 さらに、ここ10~15年で、オンジを含んだ漢方薬については、記憶との関係をみる科学的な検証が行われており、記憶に関係する神経伝達物質に必要な酵素の働きを高めたり、神経細胞を傷つける脳内の物質をブロックしたりするなどのメカニズムが報告されている。

「しかもこれらの漢方薬からオンジを抜くと効果が薄れていました。このことから、オンジは本来、漢方薬のなかで使用されるものですが、これらの漢方薬の作用の要になっている可能性が高いと考えられます」(川鍋さん)

 中医学の専門家は、オンジについてこう分析する。

「心を安らげて眠れるようになる生薬。また、“詰まりを取る”働きも知られています。眠ると脳が休まり、過剰な働きを抑える。さらに脳への栄養物質の流れがよくなって、脳が回復する。こうしたいくつかの作用で記憶の整理ができて、もの忘れをしにくくなるのではないでしょうか」

 期待が高まるが、この薬はあくまでも加齢による生理的なもの忘れ(良性健忘)が対象だ。同じもの忘れでもMCI(軽度認知障害)や初期の認知症などは、やはり医療機関で正しい診断と、治療が必要になる。

 8月中旬、認知症患者を診るシニアメンタルクリニック日本橋人形町には、「もの忘れの薬を飲んでもいいか」と相談する患者が相次いだ。院長の井関栄三さんは困惑ぎみだ。

次のページ