「今年はもう、モチベーションが上がる大会はないんですよね」

 筆者はその言葉どおりに受け止めていたが、実際は違った。9秒98の最後10メートルの走りには執念があった。跳び上がって喜ぶ姿が本心だった。

 桐生を初めて取材したのは高校2年のとき。あれから5年がたち、丸刈りだった少年も今では酒をたしなむようになった。

 トンカツを食べた後、「今度、マジックバーに行こうよ」と誘った。桐生は言った。

「お願いします」

 一緒に祝杯をあげよう。

(朝日新聞社東京2020総合本部事務局・小田邦彦)

週刊朝日  2017年9月22日号